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「ヤバイ、カホちゃんかわいい」
ファミレスのテーブル席につくなり、アリサは真顔で言った。織田とカホはメニュー表と睨めっこをしている。
「お前そんな子ども好きだったっけ」
「それほどでもないけど、とにかくかわいいんだもん。アンタもユウジさんもメロメロになるはずね」
「俺はそういうのじゃねえよ」
「はいはい、ユウジさんの為なんでしょ」
ユウジへの想いも行動原理も勘の鋭い同僚には全て筒抜けであった。
これ以上突かれるのはごめんだと肇もメニュー表を引き寄せた。
「ユウジもなあ、もう少し上手くやれりゃなあ」
織田は溜息を吐く。
「俺には子どもがいねえから何とも言えねえが、・・・ハジメはよくやってるよ」
カホの顔をちらりと見ながら言った。ユウジを悪く言わないよう気を使っている。
肇は急に褒められてむず痒くなった。
「ボタン押していい?」
カホが無邪気に肇達を見ながら呼び出しボタンに手をかける。
「ちょっと待ってな、お前ら決まったか?」
織田の呼びかけに肇とアリサが肯定の返事をすると、カホが嬉々としてボタンを押す。混んでいなかったためすぐに店員が来た。メニューを頼んだ後、織田が肇に真っ直ぐ向き直った。
「ハジメ、お前社員になる気はねえか」
肇はポカンと口を開け驚きを隠せないでいた。
考えたこともなかった。いつも頭の中は音楽とユウジとセックスのことだけでいっぱいだった。
「やれば?どうせやりたい事ないんでしょ」
アリサがカホとデザートを選びながら口を挟む。
アリサの言う通りだ。しかしそうなれば今までのように暇な時にピアノを弾いたり、ユウジの仕事の都合やカホの保育園の行事に合わせて動いたりしづらくなる。
しかしそれをカホの前で言うのは憚られ、ただじっと顔を見ていれば、アリサがカホを連れてドリンクバーに飲み物を取りに行った。
それを見計らって織田も口を開く。
「で、どうすんだハジメ」
「今は無理かな。カホの事もあるし」
「んなもんユウジに押し付けとけ」
「ここら辺じゃ預けられるとこないってさ」
「じゃあ引っ越せっつっとけ」
「それは嫌だ」
口が滑り、ユウジと離れたくないという本音がはみ出した。会話が途切れ、沈黙に耐えかねた肇は「飲み物取って来る」と立ち上がる。
「お前なあ、ユウジはやめとけ」
織田は溜息を吐いた。サングラスの向こうからでも見透かすように肇の顔を見上げる。
「お前いっつもユウジの話ばっかしてんじゃねえか」
織田にまで知れ渡っているとは、と顔が歪む。肇は本人が思っているよりわかりやすい質のようだ。諦めて腰を下ろす。
「俺にどうしろってんだよ」
肇は、ユウジと結ばれたいと望んでいないしそれが叶わないことも知っている。ならば、せめて自身が納得できるよう好きにやらせて欲しかった。
そっとしておいて欲しいのに、アリサからは早く告白しろと、ジョンからは腹を括っておけと外野からは散々な言われようで辟易していた。
少しは頭が冷えるかと氷ごと水を胃に流し込んだがますます苛つきが募る。
「だから、正社員やれっつってんだよ」
「だからカホが」
「いくらユウジの機嫌取ったって無駄だ」
プツリと何かが切れた音がした。
苛つきが嘘のように消えていって、無駄、という言葉が反響する。決して少なくない時間を費やしてやってきたことは何だったのかと足元が揺らぐような感覚だ。
それに、肇はユウジの機嫌が取りたかったわけではない。カホの面倒を見るのも、心底嫌だったという訳でもない。
ユウジは、自分にだけ頼っておけばいいのだ。
それに、告白したところでそもそもユウジはノンケであり、その言葉を信用するかどうかも微妙なところだ。日頃の行いが悪すぎる。
「それで、どうするんだ」
「・・・今のままでいい」
捨て鉢に返事をした。
他人にユウジの話をされるのは嫌いだ。自分でも驚くほど感情のコントロールが効かなくなる。更に、ユウジに自分の想いを受け入れてもらうのはやはり無理があるのだと強制的に自覚させられる。
織田はそうか、と答えたきり黙ってしまった。腕を組んだまま肇をじっと見て、あのな、と口を開きかけたところでカホとアリサが戻ってきた。
アリサは手際良くウーロン茶と手拭きを2人に差し出す。カホは機嫌良くオレンジジュースを飲んでいた。
「返事は待ってやるよ、考えとけ」
そう言って、織田はウーロン茶のグラスを傾けた。
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