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カホとアリサはしっかりパフェまで食べていったが、ユウジから食事代を預かっているらしく織田が料金を支払った。
カホはアリサにすっかりなついており
「アリサちゃんバイバイ」
とニコニコしながら手を振ればアリサは愛らしさに悶えていた。
肇は織田に礼を言って、カホと手を繋いで家に向かう。
帰ってからは風呂に着替えに歯磨きにと怒涛の時間だ。カホは一通り1人でできるようになったものの、すぐ他のことに気を取られ遊び始めてしまうので目が離せない。
布団の中に入る頃にはクタクタになっていた。
ユウジはまだ帰ってこない。カホはまだ元気が有り余っているらしく、誰々ちゃんがどうだったとか保育園で何をしたとか絶え間なく喋っていた。
「うっせえ、いいから寝ろ」
「わかった!」
それでね、とまたお喋りが始まった。ほとほと疲れ果てスマートフォンを手に取るが、「ダメ!」と画面を伏せてくる。カチンときたが我慢して、無心になって相槌を打ちつつ聞き流していた。
ふと目を覚ますと、カホは眠っていた。肇も一緒に寝ていたらしい。やれやれとスマホで時間を確認すればもう日付を超えている。と、リビングから物音がした。
ユウジだ。
肇は覚醒してリビングに向かう。明るさが目に染みて瞬きしながら見渡せば、ユウジが電子レンジから常備菜入りのタッパーを取り出しているところだった。風呂に入ったらしくジャージに着替えている。
「おかえり」
「おう、悪かったな。先輩、何だって?」
織田はユウジの大学の先輩で、同じバンドのメンバーだ。
「社員やんねえかって」
ユウジは心の底から嬉しそうに、「よかったじゃん」と笑顔を見せる。しかし断ったと告げれば驚愕していた。
「なんでだよ、お前みたいなヤツにそこまで言ってくれるとこなんてそうそうねえだろ」
「・・・カホはどうすんだよ」
ユウジはハッとして、悪かったな、と気まずそうに目を逸らす。
「でもさ、もう、気にしなくていいから」
ユウジは眉を下げて、少し寂しそうな顔をする。なぜか胸が騒ついた。それから
ーーー転勤するから
という言葉が、やけに遠くで聞こえた気がした。
頭の回転速度が急に遅くなる。
「は?マジで?」
「そうだよ。カホと俺が家出るから、後は好きに使えばいい。あ、変な男連れ込むなよ」
ユウジはニコニコしながら肇の思考力を切り刻んでいく。
今更だ、と肇は思った。
今まで、ユウジとカホが肇の生活の中心だった。
ユウジやカホのために織田やアリサに頭を下げたことも自分の時間を明け渡してきたことも数えきれない。それを今になって好きにしろと言われても、肇は途方に暮れるばかりだ。
ユウジは箸や茶碗を机に並べながら、引き継ぎでバタバタしているだの、それでしばらく帰りが遅くなるだのと言っていたが、ほとんど頭に入ってこなかった。
困惑と落胆が渦巻く中、不意にこぼれ落ちたのは、
「俺を置いてくの?」
ユウジと離れたくない、という嘆願だった。ユウジは肇の問いに目を丸くする。
「置いてくって、お前俺たちに付いてくるつもりだったのか?」
縋るようにかけた言葉はあっけなく一蹴される。
溜息が出た。やはり、自分は部外者だったのだと思い知らされる。ユウジにとって、本当に大事なものはカホと姉だけなのだと。
それを本人から突き付けられたようで、目の前に帳が落ちていく。
ユウジはまだ何か言おうとしていたが、もう寝るからと寝室に戻った。
カホが布団の真ん中で、何も知らない顔で寝息をたてていた。蹴り飛ばしてやろうかと物騒な衝動に駆られるが、そっと身体を浮かせて退かし布団を掛けてやった。こんなこともあと少しかと思えば名残惜しくなって、ユウジが帰ってくる前のように隣で寝てやった。
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