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家に帰って玄関のドアに手をかけると、鍵が開いていた。まさかと思って開け放てば、アコースティックギターの音がリビングから流れてくる。
そこに向かえば、ジャージ姿のユウジがギターを弾いていた。
「お、おかえり」
目元を緩めて穏やかな表情を向けてくる。こんな顔を見たのもギターの音を聞いたのも久しぶりだ。
「もしかして待ってた?」
「そうだよ」
嬉しすぎて飛びつきたくなるような衝動に駆られるが我慢した。何とも思っていないふりをして電子ピアノの前に座る。
「久しぶりに演る?」
「その前に話がある」
ユウジはバツが悪そうにギターを下ろした。それから手招きされる。ダイニングテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「織田先輩に、ハジメのことどう思ってんのかちゃんと話してやれって言われてさ」
肇の心臓が跳ね上がった。
いや、ソレはねえだろ、と頭に浮かんだ考えを打ち消す。そもそもユウジはやめとけと言ったのは織田なので、恋愛絡みの話ではないだろう。
だが告白もしないうちに引導を渡されるのではと心臓が痛いほど脈打ち始める。
ユウジは口を開いた。
「家を出るっつったけど、お前を利用するだけして放り出すとか、そんなんじゃねえからな」
まったく予想していなかったセリフが飛び出して、頭に入って来なかった。頭の中で何度か反芻するが、飲み込めないうちにユウジは次の言葉を放つ。
「・・・お前さ、ユカリが死んで、役立たずになった俺と赤ん坊だったカホの面倒みてるうちに、結局進学も就職もしないでここまで来ちまっただろ」
言っているうちに、ユウジの頭は段々下がってきた。表情は見えない。
「今だって、俺達のこと優先してんだろ?
・・・俺、お前の人生歪めちまったんじゃねえかって、お前に悪い事したなって思ってきたんだよ」
ユウジの声は少し震えていた。
肇は驚愕する。そんなことは考えたこともなかったし、ユウジはどこかで肇のことを疎ましく感じているのではと思っていた。
ユウジはちらりと肇の顔を伺う。肇はただ目を丸くしているだけだった。
「俺達がいなけりゃ、もっと自由にやれたのにな。大学行ったり好きな仕事したりさ。
悪かった」
ユウジが、目の前で頭を下げているのが信じられなかった。
「勉強したいことがあるんなら少しは援助してやれるし、音楽やりたいっていうんならバンドやってた時のツテを紹介する。
これからは、お前がやりたいことやって欲しいんだ」
それだけで胸が熱くなった。ユウジが自分のことを考えていてくれてたのだと思うだけで、身震いするほど嬉しかった。
しかし、肇がユウジから欲しい言葉は、それではない。
「ハジメ、」
ユウジは、顔を上げて、肇の顔を真っ直ぐ見つめる。肇が何を考えているのか探っているように見える。昔から散々、何を考えているのか分からないとユウジから言われてきた。
「俺は、やりたい事なんてない」
ユウジの目に疑問符が浮かぶ。
「音楽だってアンタを捕まえておく為だけにやってきた。ピアノなんて、弾けなくていい」
ユウジが息を飲む。肇からは次から次へと抱えていた気持ちが溢れ出していく。
「俺は、ユウジだけが居ればーーー」
「ちょっと待ってくれ。お前、何言ってんだ?」
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