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気がつけば、肇はユウジの手首を掴んで引き寄せていた。それは、言葉の綾だとか冗談だとか、もうそんなことでは取り返しがつかないことを意味していた。
凄まじい後悔が襲ってきた。すでに、ユウジの目に嫌悪や軽蔑が滲み出してきている。
「結局は、それか・・・?」
ユウジは、勢いよく手を振り払う。
「お前にとって、俺はそういう対象でしか無かったってことか?」
咄嗟に違うと言えなかった。だが、アプリを介して出会う者達のように、セックスだけできればいいということではない。それを上手く言葉に出来ない内に
「正直ショックだよ、一緒に頑張ってきたと思ってたのにな」
ユウジはギターを持って、寝室に行ってしまった。
違う、そうじゃないと叫びたいのに、やっぱり駄目だった、言っても無駄だという諦めが肇の足を引っ張る。
悔しさが込み上げ「クソッ」と悪態を吐いた。俯いた目線の先に、規則正しくならんだ白鍵と黒鍵があった。力任せに叩いて壊したくなって、拳を振り上げたが宙で止まる。空中でやり場のない感情がぶるぶると腕を震わせ、やがてだらりと垂れ下がる。ユウジが肇とセッションする為にと購入したものであるし、こういう時に肇が縋るものは、やはり音楽しかなかった。
鍵盤を見つめながら、曲は何にしようか考える。
散々迷ったが、今はこれしか思いつかなかった。
エルビス・プレスリーの"Can't Help Falling Love ".鍵盤に指を置いて、ゆったりとしたメロディを音と一緒に記憶から引き出していく。
ーーーーYou don't have
to say love me
Just be closeat hand
You don't have to stay forever
I will understand
Believe me,believe me・・・
久しぶりに、ユウジと演奏をしたかった。ユウジのギターの音も聞きたかった。カホや姉に話しかけるような、あの優しくて温かい音を。
ユウジは寝室から戻ってこない。
弾き終わるといくらか落ち着いた。しかし、身体の中が空っぽになったように虚しかった。
別の曲も弾いてみる。知らず知らずのうちに、ユウジの好きなQueenの楽曲たちを弾いていたことに気づき苦笑する。
電子ピアノの電源を切って、スマートフォンの画面を開いた。マッチングアプリのアイコンをタップする。
ものの見事に袖にされ、音楽でも満たされなくて、その次に肇が求めるものは、もうセックスしか残されていなかった。
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