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いつも通りの流れのはずだった。
相手から指定されてる駅やチェーンの飲食店、ラブホテルの前などで待ち合わせて、食事をしたり遊んだりセックスしたりして、それで終わりだ。
だが、今回は出鼻を挫かれた。
サラリーマンや学生たちの帰宅ラッシュが過ぎ、人通りが少なくなってきた駅の改札で肇はいつものように音楽を聴いていた。すると、肩を叩かれた。
「鈴木さん?」
と笑うその人物の顔に度肝を抜かれる。
色素の薄い茶色い目に、すっと通った鼻筋、整った顔立ち。背が高く、知的で誠実そうな雰囲気を纏っている。
ユウジにそっくりな顔した男が、肇の相手だった。
「あれ、違いました?」
少し困ったような表情の作り方も、機嫌の良い時に出す暖かみのある声もまるで同じで、背筋がゾッとするほどだ。
ユウジと違うのは、品のいいビジネスショートに切られた黒髪くらいか。ユウジの髪は茶色がかっている。
「あ・・・えっと、春野さん?」
肇はまだ信じられないような気持ちで聞くと、
「あーよかった。人違いじゃなかった」
春野はパッと表情を明るくして笑顔になる。何から何までそっくりで、むしろ気色悪くなってきた。
「取り敢えず飯でも食いに行きます?」
春野の誘いに頷いて、駅から歩いてすぐの居酒屋に入った。
「アプリって初めてですか?」
春野はつまみを適当に注文した後聞いてきた。
「いや、結構前からやってますけど」
「そうなの?なんか緊張しているように見えるけど」
「知り合いに、似てるから」
口の中が乾いてきて水を口に含んだ。
「そうなんだ。じゃあちょっとやりにくいよね」
春野は人好きのする顔で笑う。
この後ほんとにセックスするんだよな、と肇は戸惑い、そんな感情が湧き上がることにも内心狼狽えていた。
しかしいつもセックスする時と同じような流れで、春野もそれを目的とするアカウントを使っていた。
春野は焼酎を片手にとりとめのない話をしている。肇はウーロン茶を飲みながら歯切れの悪い返事を繰り返すばかりだったが、春野はずっとニコニコしていた。
店を出た後、春野は
「行く?ホテル」
と案の定聞いてきた。やっぱりな、いつもの流れだ、と肇は少し安堵する。
だが、肇は、初めてその誘いを断った。
いつもより少し早い時間に帰ると、ユウジは嬉々としてギターを用意してきた。
先程まで同じ顔をした相手と一緒にいたためか、デジャヴや違和感が混ざり合い、なんとも形容し難い不快感が胸に渦巻く。
しかし、ユウジがギターの弦を弾き我に返った。温かな響きに落ち着いてくる。
春野とユウジは違う、とほっとした。ユウジと肇の間には音楽がある。
だがこれからどんどん泥沼に嵌っていくことになるなど、この時は思ってもみなかった。
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