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「おい、やめだ、やりす」
水が出たままのシャワーヘッドで頭を殴打される。目の前がチカチカした。
肇は、山田がここまでやるとは思っていなかった。流石に危機感を募らせる。
約束通り顔には手を出してこないから、殺す気はないらしい。
やがて山田が手を挙げただけで肇の体がビクッと反応するようになる。山田はどこか安心したようにニヤリとした。
肇の下着を剥ぎ取ると、足を開かせてアナルにシャワーを当ててくる。それと同時進行で指を強引にねじ込まれていく。
「痛い。ローション使えよ。あっただろうが」
肇の文句を無視して指を増やされた。入り口が裂けそうで歯をくいしばる。
山田も全身びしょ濡れになって、野良犬のように目をギラつかせている。しかし、いまだ服は着たままだ。
「オイ、やめろっつってんだろ!」
肇は怒鳴りながら山田の顎に蹴りを入れる。
外してしまったものの、山田は細い目を目一杯見開いて、物凄く驚いた様子であった。
肇は山田の手を掴んで指を孔から引き抜く。肇が起き上がると、山田はびくりと震えた。
「俺やっぱ帰るわ」
山田を見下ろし、軽蔑と不満と嫌悪を混ぜ込んだ視線をぶつける。
今日はハズレだ、と不満たらたらであった。今度からこういうのは断ろうと強く決意する。もしかしたら新たな快楽が得られるかもしれないと期待していたが、痛みは痛みとしてしか受信できなかった。
「なんだよ、お前、なんで、」
山田は腕を顔の前で交差させて震えている。
ブツブツと呟きながら片方の手をぐっしょり濡れた上着のポケットに入れる。
折り畳み式のナイフが、パチンと顔を出した。
肇の全身が焦燥に焼かれた。それは洒落にならないし聞いてもいない。
だが凶器を手に飛びかかる山田に抵抗できなかった。床に組み伏せられて背中で飛沫が跳ねた。
情けないことに声が出てこない。
「おい、待」
やっと肇が声を出せたのは、山田がナイフを振り下ろしてからだった。
澄んだGの音とガキン、という音が重なって聞こえた。右の腹の横がジンジンする。
血が一筋伝っていくのが分かった。肇が恐る恐る見てみると、傷はごく浅く赤い筋がついていた。
皮一枚分掠っただけのようだ。
今頃肇から冷や汗が吹き出て、力が抜けていった。
「う、あ、あああ」
山田の声だ。その場でうずくまって、嗚咽を殺して泣いていた。
肇は泣きたいのはこっちだと思いながら、シャワーで体をサッと流し先に風呂場から出た。
丸まる山田の背中から覗いていたのは、肇がつけられたものよりももっと深い切り傷の跡だった。
パンツをドライヤーで乾かしていると、山田がホテルの部屋着で浴室から出てきた。山田の服は見るも無惨に濡れていたことを思い出す。
山田の鼻も目元も真っ赤だった。
「・・・すいませんでした」
山田は鼻をすすった。肇はジロリと睨みつける。
「ナイフはナシだろ」
「すみません・・・本当にそこまでするつもりはなかったんです」
「じゃあそんなもん持ってくるな」
「人には使いませんよ」
山田は腕を上げた。毛が剃られた脇や二の腕の下には、びっしり傷が刻まれていた。
リストカットのような線が。
肇はギョッとしたものの、そろそろ乾いたかな、と下着の乾き具合を確かめる。まだ湿っぽいが履けない事はない。肇が立ち上がって履こうとすると、山田はすかさず後ずさった。
「なんだよ、人を散々ボコっといて」
腕に青あざが大量に残り、まだ長袖の季節でよかったと安堵している。山田はまたすいません、と小さな声で呟いた。
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