覚えているなら

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「ねぇ、覚えてる?」  新築の一軒家のリビングで、男女がそれぞれ片側を持って一つのアルバムを覗き込んでいる。幼少期のページに入ったところで唐突に、(てん)弥太郎(やたろう)へ問いかけた。 「え? 何?」 「あれだよあれ。私たちさ、このくらいの時に結婚しようって言ってたじゃん」 「あー! 大きくなったらってやつな! 覚えてる覚えてる」  弥太郎は懐かしそうに笑った。天が少しほっとしたような顔をする。 「なんでそんなことになったんだっけな。ドラマか何かの影響だったか」 「私は親戚が結婚して、なんとなくいいものなんだって思ってた気がする。それで弥太郎に」 「お前から言い出したんだっけ」 「多分そう? はっきり『結婚しよう』って言ったのは確かそっちだったよ」 「まじで? まあ、ちっさい俺が何考えてたなんか分かるわけねえか。そん時はお前と結婚してもいいかって思ったんだろうな」  からりと笑う弥太郎の左手の薬指には指輪が嵌っている。照明を反射して光る、永遠を誓った愛の証。  天はそっと光から目を逸らした。 「私もこの頃は弥太郎と結婚してもいいかなーみたいな気持ちだったんだろうね」 「うわ。結婚できてねーくせによく言う」 「何か言った?」 「イエ、なんでもありません」  即座に顔を背ける弥太郎の焦りように天は笑い声を上げて、アルバムの写真に視線を落とした。  保育園児くらいの幼い天と弥太郎が二人で映っている。  天も当時はあまり深く考えていなかった。ずっと一緒にいられたらいいな、という程度の気持ちで口約束を交わした。  だが結婚の誓いを立てて以降、天の気持ちはどんどん深くなっていった。弥太郎はそうはならずに。 “じゃあ結婚しよ。大きくなったら”  弥太郎があの時確かにそう言ったのに。 『ねぇ、覚えてる?』 『覚えてる覚えてる』  ――覚えてるなら、私と、結婚してよ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加