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「ねえ……覚えてる?……」
その電話は、食事時になると必ずかかってくるようだ。
受話器を持った女は、震える声で平静をよそおった言葉を返す。
「なんのこと?」
受話器の向こうで、フフっとわらう声でもしたのか。女の白い顔が青ざめた。
「覚えてないの? 私に……ご飯くれなかったよね?」
「あ……あげてたじゃない! あげてたわよ!」
女があわてふためく。聞かれてはまずいというように、個室の監視カメラを振り向く。
そして、「変な言いがかりはよして!」と言って、一方的に受話器を置いた。
「そうだね……くれてたね……。障害年金がちゃんと支給されるように、最低限の水と食べ物……。生かさず殺さずの加減、上手かったね……。
ブランド物のバッグと服、買えて嬉しそうだったね、お母さん……。似合ってたよ……」
受話器を置いても置いても、声は止まないらしい。女は耳をふさいでベッドの上をのたうちまわっている。
「旅行も楽しかった? ……写真見せてくれて、ありがとう……。きれいな景色……いつか私も連れて行ってくれるかなって、思ってたよ……」
「ああぁああー!!」
女は叫んだ。
ここで、部屋のドアが開いた。
看護師が入ってきたのだ。
女は看護師にすがった。
「電話を、電話を切って! お願い!」
「この部屋に、電話なんてありませんよ。」
「何言ってるの! またあの子からかかってきたのよ! 着信拒否の設定をしてって、ずっと言ってるじゃない!」
「ですから、電話なんてないので、着信拒否もなにもないんですよ、お母さん。」
「やめてー!」
女が叫ぶと、ずっとあきれ顔をしていた看護師は、
「お食事、時間ギリギリまで置いておきますから、なるべく食べてくださいね。」
そう言って、出ていった。
ドアが閉まったとたん、女はふと足元を見て、目を見開いた。床以外には、何もないのに。
「菜月? まあまあ、どうしたの、泥んこになって。今日も元気ね。」
女はうって変わって優しい笑顔になった。
「元気な菜月ちゃん。ずっと元気でいてね、病気になんてならないで……」
幼い子供の母親らしい表情を見せていた女の顔が、次第に凍りついた。たぶん、記憶が回って『現在』になったのだろう。
女はおびえきった様子で耳をふさいだ。
それでも声は聞こえるのか、頭を激しく振りながら、受話器を置く動作をくり返す。
「わあ……今日はピラフだね、お母さん。だし巻きもある……。おいしそう……」
女はピラフの皿を宙に差し出しながら、わめき続けた。
ナースステーションでモニターを見ていた男性が言った。
「もう充分ではないですか? 娘さんに食事を差し出しましたよ。」
もう1人の男性が応えて言った。
「そうだな。刑期終了の手続きをしよう。」
そして看護師をふり返り、
「担当医に、通常の治療に入るよう、伝えてください。」
そう告げて、二人は出ていった。
あきれと同情の入り雑じっていた看護師は、すぐさま担当医に電話した。
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