からっぽ

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からっぽ

「ねぇ? 僕のこと覚えてる?」  無邪気な顔をした少年が声をかけてきた。あまりにも突然のことに戸惑いながら、少年を見下ろす。なんだか覚えているような、覚えていないような。 「クラスで一緒だった僕のこと、覚えてない? たまにみんなで一緒に遊んだじゃん?」  クラスで一緒? この少年が? どういうことだ?  30代も半ばを過ぎれば、そりゃ記憶も頼りなくなる。  それにしても、なぜまだ幼い少年が? ほんとに当時のクラスメイトなら、俺と同じく、いい年になっているはず。しかも、こんな都会のど真ん中に似つかわしくないランドセルを背負って。 「忘れちゃったなんて悲しいな……」 「申し訳ない――覚えてないんだ」  返答に困る俺を見て、少年は残念そうに俯くと、俺の前から去っていった。  少年と入れ替わるようにして、次は若い女が俺のそばに寄ってきた。 「ねぇ? わたしのこと、覚えてる?」  少年と同じように、女は唐突に尋ねてきた。さっきと同じパターンだ。覚えているような、覚えていないような。 「ひどい……忘れちゃったのね?」  女は今にも泣き出しそうな表情。  さすがに泣かれてしまっては困る。周囲の目だって気になる。俺はその場を取り繕うように答えた。 「ま、まさか! もちろん覚えてるよ」  それを聞いた女は少し安心した様子。 「よかった! だってあんなに愛しあった二人だもんね」  愛しあった? 俺がこの女と?  彼女を泣かせまいと咄嗟に嘘をついたが、実際のところ、彼女が誰なのかまるで思い出せない。 「ねぇ、もう一回だけでいいから、わたしの名前を呼んで」  彼女は懇願するように俺を見つめる。  名前……? 呼べるわけがない。だって、俺は目の前の女が誰だか知らないんだから。  モジモジしたまま黙り込んでしまった俺に、「やっぱり忘れちゃったのね。ひどい人……わたしにとっては忘れられない人だったのに」と彼女。その目に涙を浮かべたかと思うと、右手で俺の頬を強く打った。  ジンジンとした痛みが頬に残る。その熱を感じながらも、俺の頭は混乱し続けていた。  見知らぬ女から殴られる理由が俺にはあるのか? さっきの少年といい、いったい何が起こっているんだ?  はたから見ればまるで、激昂した恋人に殴られ、棒立ちする情けない男じゃないか。恥ずかしさを打ち消すために、殴られた頬をさすりながら、目の下のホクロをポリポリと掻いた。
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