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三、奈ノ葉
仕事を終えて帰宅すると、娘が私の顔を見るなり言った。
「ねぇ、覚えてる? 明日はお弁当いらないけど、おにぎりはいるからね!」
「覚えてるわよ、早弁用のおにぎりでしょ?」
「一限前の補給用!」
高校一年の娘・奈ノ葉はバトントワリング部に所属している。明日のお昼は友達がお弁当を作ってくれることになっているから、朝練の後に食べるおにぎりだけでいいとのこと。
「まずかったらどうしよ。ていうかネタ的なもの仕込まれてたらやだな〜!」
「やだな〜とか言いながら、ちょっと楽しみにしてるんじゃないの?」
「そんなことないよ! 美味しいの期待してるって!」
六年前に夫を亡くした時、奈ノ葉がお風呂場で泣いていたのが忘れられない。シャワーの音に紛れて微かに聞こえる泣き声に、娘がこんなに大人だったなんてと思った。私の目の前では泣くのを堪えていたのだ。私があまりにも弱りきっていたから。
中学一年の時に始めたバトンの練習をずっと頑張っている。幸いなことに、娘は友達に恵まれているようだ。時折さみしそうな顔をする時もあるけれど、夜はよく眠っているようだし、朝もちゃんと起きてくる。奈ノ葉の起き抜けの顔を見ると、私の一日が始まったと感じられる。
この子がいなかったら、夫との別れは堪えられなかった気がする。
あれはあまりにも突然のことだったから。
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