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七、思い出話
「覚えてる? 中山だよ、中山隆司」
「びっくりした! 中山くん、覚えてるよ」
玲子から聞いた話を瞬時に思い出した。だけど中山くんは、話に聞いた様子よりもずっと元気そうに見えた。半袖の青いシャツを着ていた彼の顔は、詰襟を着ていた頃とほとんど何も変わっていないようだった。少し垂れた目と高い鼻。微笑むとほうれい線が深くなる。なんて懐かしい顔だろうと思った。
彼は、まだ近くに住んでるの、と訊ねてきた。私は、隣の市に住んでいると答えた。
「変わらないね、内田さん。昔のまんまだ」
「そんなことない、変わったわよ。私いまシングルマザーなんだから」
嘘ではないけれど、子どもがいるという言い方にすればよかったかも、とすぐさま思った。配偶者がいないことを強調していると思われはしなかったか、気にかかった。
強い日差しが、じりじりと私の身を焼くようで、私は身を縮めるようにして街路樹の陰に収まろうとした。
「今時間ある? よかったら、うちで涼んでいきなよ。表は暑すぎるし」
誘われるまま、中山くんの家で思い出話に花を咲かせた。お母さんは留守だったようで、終始二人きりだった。
彼は私の現在の生活のことを深くは訊いてこなかったので、私もあまり近況のことは訊ねないようにした。気づけば二時間も話し込んでしまっていたのでそろそろ帰るというと、連絡先を交換しようと持ちかけられた。私はほとんど躊躇いもなく、それに応じた。
浅はかという言葉が脳裏をよぎったが、連絡が来ることを少しだけ期待していた。
彼は最後まで自分の病気のことは、何も言わなかった。
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