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一、静かな夜
「ねぇ、覚えてる? 中学のとき、同じ塾に通ってたこと」
「覚えてるよ。学校だと全然話さないのに、塾だと自然と話せた」
「うん、そうだったね」
中山くんと私はベッドに並んで、ブランケットの下で手を繋ぎながらそんな話をした。私たちはその晩、初めて一夜を共にしたが、手を繋いだことのほかに私たちの肌の触れ合いはなにもなかった。私にはそれで充分だったし、彼の瞳の微かな潤みが、彼の満足を物語ってもいた。ベッドのサイドランプの柔らかな光が、彼の鼻梁に当たって影を作る。私は身体を仰向けにしたまま首だけを右に向けて、その美しい形の影を見つめていた。ブランケットの下で握り合った手を離すのは惜しかったが、彼は私の手をぐっと強く握り、その後何度か撫でてから、そっと離した。
「おやすみ、内田さん」
サイドランプを彼が消して、規則的な寝息が聞こえてきても、彼の呼んだ私の旧姓の響きが、身体の奥をくすぐるようでなかなか寝付けなかった。
とても静かな夜だった。
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