22人が本棚に入れています
本棚に追加
「書類を見せていただける?」
ダージリンの茶葉がポットの中でジャンピングする3分間、砂時計が落ち切る時間を利用して、本題に切り込んだ。
夫は、隣の椅子の上に置いていた濃茶の革張りのブリーフケースから、薄いクリアファイルを取り出した。そして、中から取り出した書類を順に並べる。
「これ……全部必要なの?」
「ああ。ここの土地と建物の名義変更届に、財産分与契約書だろ、それから……」
彼は、更に2枚置くと、最後に「本題」をカサリと広げた。白地に緑色で印刷された――離婚届。
こんなもの1枚が、連れ立って歩いてきた30年をリセットするのか。
「あなた。綾乃さんは、今、どちらにいらっしゃるの?」
書類を重ねてトントンと揃え、右隣の空席の前に置く。盗み見た彼の腕時計の針は、14時20分。昼休憩は、終わっている筈。それとも今日は、有休かもしれない。
「お前には、関係ないだろう」
予想通り、夫は拒絶反応を示した。
「いいえ。私をシングルに戻してくださる方だもの。この際、お会いしたいわ」
砂時計の中、サラサラとこぼれ落ちる白い砂。私の結婚生活のよう。
「なにを馬鹿なこと……」
「あなたに権限はありまして? 今すぐ電話して、ここに来るよう、言って頂戴」
「おい、芳美っ」
彼の額に焦りが浮かぶ。本妻と愛人の顔合わせ――そうね、修羅場しか浮かばないわよね。だけど、あなたが守りたいのは、この私ではなく、彼女なんでしょう?
「1時間以内に、彼女が来なければ、私、離婚届を書きませんことよ?」
悲しみも悔しさも、全てを清算するために。私はニッコリ笑って、ポットに被せてあったティーコージーを取り去る。茶葉が開いて、飴色の液体が出来上がっていた。
最初のコメントを投稿しよう!