君影草

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「書類を見せていただける?」  ダージリンの茶葉がポットの中でジャンピングする3分間、砂時計が落ち切る時間を利用して、本題に切り込んだ。  夫は、隣の椅子の上に置いていた濃茶の革張りのブリーフケースから、薄いクリアファイルを取り出した。そして、中から取り出した書類を順に並べる。 「これ……全部必要なの?」 「ああ。ここの土地と建物の名義変更届に、財産分与契約書だろ、それから……」  彼は、更に2枚置くと、最後に「本題」をカサリと広げた。白地に緑色で印刷された――離婚届。  こんなもの1枚が、連れ立って歩いてきた30年をリセットするのか。 「あなた。綾乃(あやの)さんは、今、どちらにいらっしゃるの?」  書類を重ねてトントンと揃え、右隣の空席の前に置く。盗み見た彼の腕時計の針は、14時20分。昼休憩は、終わっている筈。それとも今日は、有休かもしれない。 「お前には、関係ないだろう」  予想通り、夫は拒絶反応を示した。 「いいえ。私をシングルに戻してくださる方だもの。この際、お会いしたいわ」  砂時計の中、サラサラとこぼれ落ちる白い砂。私の結婚生活のよう。 「なにを馬鹿なこと……」 「あなたに権限はありまして? 今すぐ電話して、ここに来るよう、言って頂戴」 「おい、芳美(よしみ)っ」  彼の額に焦りが浮かぶ。本妻と愛人の顔合わせ――そうね、修羅場しか浮かばないわよね。だけど、あなたが守りたいのは、この私ではなく、彼女なんでしょう? 「1時間以内に、彼女が来なければ、私、離婚届を書きませんことよ?」  悲しみも悔しさも、全てを清算するために。私はニッコリ笑って、ポットに被せてあったティーコージー(ポットの保温カバー)を取り去る。茶葉が開いて、飴色の液体が出来上がっていた。
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