月が綺麗ですね

1/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

月が綺麗ですね

 ドン、と花火の打ち上がる音の合間に、草むらの鈴虫がリリリ、とすだく。徹は空から目を落として、着なれぬ浴衣と合わせた草履を見つめた。どこからか蚊取りの匂いがぷんと匂う。 「刺されました?」  徹の横に座る女が訊く。徹はいいえ、と首を振ってまた遠くの空の花火に目を戻す。その徹の視線の先を見るように、女もついと細い頸を動かした。  この女――湯田幸子は、徹の何回目かの見合い相手で、釣書によると年は三十七であった。もう女としては盛りを過ぎようという年ではあるが、ほかならぬ徹も四十である。年についてあれこれ思うところはない。それに、若い折ならともかく、この年になって結婚相手に求めるものは、外から見えるものとは違う、別の何かであった。例えば性格や、互いの価値観。結婚をする上で、それは避けては通れない問題だろうと思っていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!