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先輩、逃げるんですか?
あれから、俺の体はきっと変になってしまったんだ。
「うぉ! はっ、あぁぁ!」
「先輩、乳首だけでイケましたね。とても可愛くて素敵です」
「んぅ、ふっ、ふぅぅ!」
「お尻の穴もヒクヒクしてますね。そうだ、ボール入れてあげますよ」
相馬の口で、舌で、指でされると乳首が腫れて張り詰めて痛い。でも、その痛いくらいの中に快楽がある。
ローションを纏わせた玉のついた紐を持って、相馬が俺の中に一つずつ埋め込んでいく。それに、俺は涙目になってよがった。腹の中を玉が動いているのが分かる。三つ、四つと受け入れて六つはいると苦しくなる。でも、その苦しいのが好きだ。
「お腹、撫でてあげますね」
「あぐ! あっ、あぁっ、動く……動くぅぅ!」
「それが気持ちいいんですよね?」
「気持ちいい!」
おかしくなりそうだ。いや、もうおかしい。最初は週末だけだった。金曜日に泊まりにきて、そのまま土曜日、日曜日。セックスをするか食べるか寝るかという獣のような関係を続けた。
半年たった今、それはもう週末だけに留まらない。三日に一回は泊まりにきて、こうして体を繋げている。
それと反比例するように、俺の営業成績は下がっていった。
「森崎、どうしたんだお前最近。なんか、悩みか?」
上司から話しかけられても少し上の空になる。それをフォローしてくれるのはいつも相馬だ。
「先輩、少し疲れてるみたいなんですよ」
「だからって、最近顔色悪いぞ。寝てるか?」
「あの、大丈夫です。すみません」
本当は大丈夫じゃない。寝ているけれど、頭の中には相馬がいるのだ。
ある日、俺を地元の古い友人が訪ねてきた。医者をしていて、学会で来たからメシにと誘われた。
相馬もこれは遠慮したみたいで、俺は久々に行きつけの居酒屋に行ってメシを食べたけれど、なんだかあまり美味しく感じなかった。
「……森崎、大丈夫か? なんかやつれてないか?」
「そうかな?」
「……なぁ、最近朝走ってるか? 学生時代はよく体作りだって走ってただろ」
「あ……いや」
そういえば、朝のランニングとかしてたな。
「疲れてるのか? どっか具合の悪い所とかないか?」
「あぁ、少し怠い、かな。あと、頭痛が増えた」
「頭痛! お前、頭痛なんてまったくしなかっただろ」
「デスク仕事だからか、肩こりとかあるんだと思う」
「…………」
それっきり、友人は黙り込んでしまう。そして次には立ち上がり、俺の腕を掴んだ。
「行こう」
「え?」
「いいから!」
腕を引かれ、店を出て、電車に乗って。連れてこられたのはなんだか温かみのある場所だった。
出て来た女医が、いくつか質問をしている。俺はそれに答えて、側には友人もいる。
女医は、深刻そうな顔をした。
「森崎さん、落ち着いて聞いてくださいね。貴方は鬱状態です」
「……え?」
俺が、うつ? まさかだ。
「貴方が今楽しい事は、なんですか?」
「あ…………えっと。恋人との、営みの時間くらいです」
「以前のご趣味は?」
「ランニングをしたり、本を読んだり……買い物とか、映画……」
「最近は?」
「…………してません」
「お食事、減ってますよね?」
「……はい」
「美味しくないのではありませんか?」
「あ…………」
友人は深刻な顔を更に歪め、女医も同じような感じだった。
「おそらくその恋人が、貴方をそのような状態にしています」
「え?」
相馬が?
「貴方を支配しようとしているのだと思います。言うことを聞かなければ欲しいものが得られない。そういう状況を作り出し、依存させているんです」
「そんな……」
信じられなかった。でも……確かに相馬と一緒にいると俺はセックスしかしていない。恋人らしい事をしていない気がする。
もっと、デートみたいな事をするんだと思っていた。映画とか、水族館とか、食事とか。その先にセックスがあると思っていた。
でも、相馬の家にいると体が疼いて仕方がなくなるんだ。腹の奥も酷く熱を持つようだし、乳首も痛いくらいに気持ち良くて。
「しばらくお仕事をお休みして、恋人と距離を取るべきだと思います」
「でも」
「森崎さん。貴方このままだと、死ぬかもしれないんですよ」
「え……」
はっきりとした言葉に俺は驚き、自分の体を見た。
手が、細くなっている? 腹筋とかあったのに、それもない?
「俺もお前が心配だ。しばらく実家に戻ってみたらどうだ?」
「でも」
「お前の兄さんが家業継いで、営業出来る奴探してる。今の仕事辞めて、実家戻って療養しつつそっちの仕事しないか?」
考えて、でも確かに少し変で、他人に指摘されてようやく俺も異常さに気づきだしている。
それでもいきなり辞めるは無理だから、しばらくは休職ということで上司に連絡した。
驚く程簡単に受け入れられた。おそらく上司も何かしらの異変を感じていたんだと思う。
自宅に帰って姿見で見た俺の体は、俺が知っているものと全然違っていた。
それから少しして、俺は両親と兄の説得もあって会社を休職状態のまま離職する事を決めた。うつ病の治療に専念する為に実家に戻る事を上司に伝えた。
そして上司に、俺が実家に戻る事を相馬に言わないでほしいとお願いした。
上司は訝しんだけれど、俺が必死に頼んだら「分かった」と言ってくれた。
引っ越し準備は少しずつ進んでいる。荷物の運び出しも終わって、明日には俺自身も移動するという日の夜だった。
突然なったインターホンに出て、俺は心臓が止まる思いだった。
「相馬……」
『先輩、逃げるんですか?』
「!」
怖くて震えた。今なら分かる、やっぱりおかしい。俺の体があんなになったのは、何かあるんじゃないか。
心療内科の女医は「何かしらの薬を使われていた可能性はありますが、検査では何も残っていません。違法なものではないと思うんですが」と言っていた。
でも、それなら納得がいくんだ。
『まぁ、いいですよ』
固まったまま声の一つも上げられない俺に、相馬はにっこりと笑った。
『上手に、逃げてくださいね』
そう言って立ち去った人を見て、俺は恐怖からトイレでしこたま吐いた。胃がひっくり返るくらい吐いて、それでも震えは収まらなかった。
結局、その晩俺は一睡もできないまま朝にお袋と兄貴が迎えに来て、凄い顔色の俺を見て実家ではなく友人の病院に入院させられたのだった。
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