先輩、逃がしませんよ?

1/3
前へ
/12ページ
次へ

先輩、逃がしませんよ?

 相馬の家は駅から5分の綺麗なマンションだった。 「散らかってますけど」  そう言ったが、とても綺麗にしている。生活感のあるいい部屋だと思った。 「あっ、先輩は座っててください」 「いや、でも申し訳ないし」 「パスタなんでそんな手間じゃありませんよ。それに、動き回ってまたお腹が痛くなったら困りますから」 「うっ」  そう言われてしまうと否定できない。俺は大人しく座る事にした。  相馬は慣れたように大きな鍋にお湯を沸かし、しめじを食べやすいように分け、椎茸をスライスしていく。今日はきのことベーコンの和風パスタらしい。  一緒に小さな鍋も用意され、冷凍のミックスベジタブルと卵も登場。どうやらスープだ。  冷蔵庫からは生野菜のサラダの入ったタッパーも出てくる。自分で自炊をしっかりしている奴の動きだ。 「凄いな、相馬は」 「え?」 「ちゃんとしてるよな、自炊も。俺は全然ダメでさ」 「そんな」  恥ずかしそうにほんの少し振り向いて笑う頬が恥ずかしげに染まっている。  料理をする彼の背中を見ながら、なんとなく思い描いていた光景と重なっていく。こんな風に誰かに料理を作ってもらうのは、いいものだな。  出て来た料理を相馬は「簡単ですみません」と言ったけれど、そんなことはない。とても美味しく食べてしまって、さっきまで腹痛で苦しんだ事なんて忘れてしまっていた。 「先輩、お腹の調子大丈夫ですか?」 「うっ……」  実は心配だったりする。  そんな俺の前に、相馬は小さな粉薬を出した。 「これ、俺が病院で貰う整腸剤なんです。腹痛の薬っていうよりは、腸内環境の正常化とかのほうに役立つみたいで」 「あぁ、乳酸菌とか?」  俺の浅はかな知識ではこんなものだ。  相馬もそれに頷いている。 「よければ一つどうぞ」 「えっ、でもいいのか?」 「ですから」  にっこりと笑い、水のコップも用意してくれる。俺も少し心配だったし、相馬に迷惑もかけたくないから有り難く貰う事にした。  白い粉の薬は臭いも味もしない。サラサラとそれを口に流し込み水で飲み干すと、なんだか安心した気がした。  それからはなんでもない。相馬に服を貸して貰って着替えて、テレビを見ながら少しだけ食べたり飲んだり。俺は一応心配だったから酒は飲まなかった。  隣に相馬がいる。それを意識しているせいか、なんだか落ち着かない。ふと触れた指先にお互いびっくりして顔を見合わせて照れ笑ったり、相馬がそれとなく距離を詰めたり。そういう小さな攻防がとてもくすぐったかったりする。  帰るならそろそろという時間だった。でもなんとなく居心地がよくてここにいる。相馬はシャワーを浴びて、俺は先に浴びさせてもらった。もう、泊まるのが決まっている感じだ。  それにしても暑い。まだそんなに暑い季節じゃないのに。なんとなく服も煩わしく思えて、俺は借りているシャツを脱いでしまう。その時乳首が布地に擦れて、俺は思わず小さく声を上げた。  よく分からないけれど、ピリリとした刺激があったのだ。それは僅かな快楽のような、どこか不安になるものだった。 「先輩?」 「あぁ、悪い相馬。ちょっと暑くて」 「そうですか?」  エアコンはついていない。暖房もついていない。でも俺の体は火照っている。  相馬が近づいて、俺の額に触れた。それだけでなんだか肌がざわついてしまう。妙な気分になってしまう。 「熱はなさそうですけど……お腹の事もありますし、早めに休みましょうか」 「あぁ、悪い。えっと、俺は何処に寝ればいい?」 「そんなの決まってますよ。俺のベッドです」 「え! いや、でもお前は……」 「もう、鈍いですね」  困った顔をする相馬が、そっと俺の額に唇を寄せる。それに、俺の体は一気に熱くなった。心臓がドキドキする。焦って、少し訳が分からない。でも、気持ちがいい。  柔らかい相馬の唇が俺の唇を柔らかく塞ぐ。俺はそれだけで目眩がしそうだった。初めてのキスは受け止めきれないくらい甘くて刺激的で気持ちがいい。チラチラと相馬の舌が俺の唇を舐めると力が抜けてだらしなく開けてしまう。するとそれが俺の口の中を舐め回し、舌を絡めて吸い上げて。それだけで、俺は腰砕けになってしまった。 「先輩、可愛い。そんなに気持ち良かったですか?」 「あっ……」  相馬の手が俺を支えるのに背中に触れる。そこからゾワゾワしたものが頭の中を染め上げる。キスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。 「ベッド、行きましょう?」  俺がこれを拒めるはずは、当然なかったのだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加