気まぐれ一途な飼い主さま

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気まぐれ一途な飼い主さま

「ねぇ、君は覚えているかい?」 「な、何を?」 「余が君と全く同じ姿で君の前に現れてやったことさ」 「そ、そりゃ忘れるはずないさ、あんなこと世界中探してもまずあり得ない」 「その『世界』は何処までの世界だい?」 男は言葉に詰まった。  「余」は男がずっと一人きりだった古いマンションの一室に、ある時突然その男と全く同じ姿形と声で浴槽の中から現れた。 寂しい、悔しい、情けない。 死のう、もうこの世から居なくなってしまおうと男は考えて、自身の大事な物やそうでない物、恥ずかしい物、死んでからの不始末は誰がどのように処理されるのか漠然と考えていたところ、 「君!」と男は自分の声で声をかけられたような気がした。 声のする方、狭い筈のこの部屋の浴室から見えたのは「自分?」「自分?」 そう思った。 「やあ君ごきげんよう、突然の訪問で失礼するが聞きたいことがある」 「何?」 「この世のすべてを知りたくないかい?」 「え?」    そしてすべては「余」からもたらされた。 健康な身体が欲しいと言えば、いまだ大半の人間が見たこともない奇妙な鈍色の装置にかけられ五臓六腑諸々の器官が修復された。 さらにご希望ならば顔も細胞レベルで望み通りに変えられると「余」は得意げに説明したが男は自分が自分でなくなることが怖くなってそれはやめた。 財産が欲しいと言えば、「余」は待っていたかのように浴室に案内し、「ではこの金塊でも売ってくるがいい」と男に指示をした。これはあまりに重いため業者に訪問買取させたところ、やや手続きに時間はかかったが男がお金に困ることがなくなった。 「どうだね君、これで死にたくはなくなっただろう?」 「お、女が欲しい」 「たかが人間ごときの女なら金を使えば良いじゃないか」 「そ、そういうのではなくて」 「なるほど分かった」 そういうと「余」は札束を引っ付かんで男と同じ姿のまま部屋を出て言った。 一時間ほど経って「余」が戻ってくると 「下に君好みの人間の女がいる、好きなだけ遊んでくるといい」 そう言うと「余」は男の肩を優しく掴んだ。  
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