愛玩動物

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愛玩動物

「余」が男に触れた瞬間、マンションの階下にいるであろう女の姿形・性格・趣味・趣向・経歴・両親の出自、交際人数から処女喪失体験の記憶までが男の脳に入ってきた。 「な、何これ?」 「君が楽しむために必要な情報だよ、最後のは余計だったかな」 男は女を実際に見ぬまま、その女のすべてを知ってしまった。だがそれ以上に驚いたのは今自分が何をされたのか、ということだった。 「手っ取り早くて良いだろう?さあ君、女が欲しいというなら気が済むまで楽しんでくるといい、いい頃合いだぞ」 「余」は男と同じ容姿で満面の笑みを浮かべた。 言われるがままに男が部屋の外に出ると、マンションの入り口に一人の女性が立っていた。 黒髪に眼鏡をかけて女性にしては長身 、読書が好きで自分が美人であることにいまいち自信が持てないちょっと地味めな文学的趣向を持った男好みの女性であった。 男は出会って初めての女に抱きしめられた。その瞬間は鈍感なままで居れば、それは男にとってとても心地よく柔らかく本能的には興奮するに十分な現実であった。 だが理性が優ると男はすぐに察した。 この女は自分以外の「何か」を求めている、と。 文字通り複雑怪奇な胸中のまま、女に流されるがままに女の家で暮らしてみたが、一月も立たないうちに男は居心地が悪くなった。 ふと女の一言 「ねぇ、あなた双子の兄弟でも居る?」 血の気が引いた。 男は自分の部屋へ帰った。 部屋は綺麗に整理整頓されていた。 「お帰りなさいませ、人間様」 ちょっとふざけた様子で「余」が肩に触れると、この一月余り健気に主人の帰りを待つメイドのように部屋の掃除をする「余」の様子と整理整頓された品々の位置がすべて男の頭の中に入ってきた。 「ど、どうして戻ってきたか聞かないの?」 「今触れて判ったのさ、もっと意地悪く言うと結果は君がこの部屋を出る前からわかっていたよ」 女が欲していたのは自分ではなかった。 自分に似た「何か」の財産とその頭の中 「余」はおそらく女が求めているお金、好みの衣服・装飾品、そして言葉、あらゆるすべてを算定して与えてたちまちのうちに魅了してやったのだろう。 男は「余」と姿形は同じである。金だってうなるほど持っていた。 ただ頭の中、発する言葉、立ち振舞い、そして並々ならぬ余裕と自信 そして包容力。こういった要素が天と地程の差があった。いやそういう次元のレベルではないと男は感じていた。 劣等感を感じる暇もない位に。 「敢えて聞こう、女は満足かい?」 「う、うん、もういい」 「そうか、では次はなんだい?権力かい? そういうのはちょっとだけ時間がかかってしまうのだが」 「ぼ、僕はき、あなたのことが知りたい」    
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