【白虎帝編】過去を乗り越えるために②

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【白虎帝編】過去を乗り越えるために②

 どうやら、ここで包子を頬張り昼休憩を取っていて居眠りをしてしまったようだ。朱雀帝と魔物討伐に出てから一ヶ月後、白虎はようやく腹心たちに告げる事が出来た。  その間、鳴麗は彼を信じて待ち続け、女官たちの仕事を手伝っていた。その健気さを思うと、自分の不甲斐なさ共に愛しさが募る。 「鳴麗、待たせたな。ようやくお前と番になる事を官吏に告げた。もちろん妾妃も外に出す」 「えっ……ふぁ、ほ、ほんとうに……? 私と結婚するんですかっっ?」  鳴麗は金色の瞳を丸くさせると、みるみるうちに紅くなって耳と尻尾をピクピクと踊らせた。  口に出さなくても、全身で喜びを表現する鳴麗に思わず白虎は吹き出してしまう。 「ああ、あれから一ヶ月かかって、お前の幼馴染みに背中を押された。鳴麗、お前との結婚に悩んでいた訳じゃなくて、俺自身の事で悩んでいた。あの時から過去と向き合わずに今日まで来たからな」 「過去……? 水狼に? それは、えと……朱雀帝様との関係ですか」  白虎帝は笑って頭を振った。  結婚を迷っていた訳では無く、鳴麗に過去の傷を見せる勇気がなかっただけだ。 「朱雀(あいつ)なら、きっぱり断ったおかげでようやく男妾を作ったようだぞ。ま、これ以上俺との関係をこじらさせたくなかったのかもな……。でも、ほっといてもあいつはいい(おんな)なんだから、その気になって前を向けば運命の番は見つかる」 「そうなんですね、安心しました。それじゃあ、白虎様は私のために今まで苦しんできた過去と向き合ってくれたんですか」  鳴麗はそう言うと、まっすぐ白虎帝を見つめた。静かに頷くと、鳴麗は安心させるように白虎の手をぎゅっと握る。 「すごく話しにくい事かも知れないですが、私、何でも受け止めますっ! 白虎様の生涯の伴侶になるって決めたので」 「何でも……か」  苦笑しつつ、白虎は暖かく柔らかい褐色の手を握りしめた。 ✤✤✤  ――――それは遠い昔。  西方を守護し國を統治していた白龍(バイロン)帝が天帝の命に背き、悪心を起こして西の國に穢れをもたらした。  ほどなくして、西方を守護する聖獣としての任を説かれた白龍は大陸の外れの痩せこけた土地に幽閉され、死を迎えた。  四方の均等(バランス)が崩れてしまう事を恐れた天帝は、天界で育った幼い白虎を西の國へ授け聖獣とした。   すくすくと育った白虎は、四神の中でも一番若く、勇敢で正義感が強く戦神といわれるほどに立派な成獣へと成長する。  白虎帝は、狼族の教育係の目を盗んでは城下町や兄のように慕う玄武の所まで遊びに行くのが日課のようになっていた。 『白虎帝さま、お花はいかがですか?』 『花? 花など………』  そんなある日、北の國の市場で練り歩いていると、黒龍族の花売りの雌に声を掛けられた。玄武とは異なり花を愛でるような趣味はない。  だが、その雌は美しく儚げで白虎は思わず立ち止まり花を受け取る。  それまで異性への興味など無かった白虎にとって、花琳との出会いは特別なものだった。  花売りの黒龍にもう一度逢いたいと願い、次の日もまた次の日も彼女の姿を市場で探した。    ――――それから白虎は、花琳を後宮に迎え愛し合った。  彼女は花売りの庶民とは思えないほど学があり、知的で何を問うても答えが帰ってくるという賢い雌だった。  白虎は彼女の言葉ならば無垢な幼獣(こども)のように信じ、従った。  聖獣は、ある程度成獣(おとな)になって成長を止めるが、その当時の白虎にとっては年上の雌である彼女に、顔も知らない母親の影を見ていたのかも知れない。  時が経つにつれて花琳と番になりたい、そう願うまでに彼女を愛していた。 『恐れながら、白虎帝様。あまり花琳の言葉に耳を傾けすぎぬよう……。このような噂話を間に受けるのは愚かではありますが、花琳は白龍帝と(ゆかり)があると……』 『下らぬ。花琳は俺に何一つ秘密ごとなどありはしない。それに花琳の言うことに間違いはないし、彼女の助言で西の國は安定している!』  そのうち白虎は、官吏よりも花琳の言葉に耳を傾けるようになる。  たしかに、西方の守護も國も安定しているように思えたが、(はた)から見れば白虎帝はまるで彼女の操り人形のように見えた。  花琳は妾妃という立場を越えて権力を持つようになり、官吏たちは黒龍族の雌に魅入られ腑抜(ふぬ)けにされてしまったのだと嘆き、落胆(らくたん)した。  そして皇后に迎えると花琳に告げた夜、白虎は何気なく彼女に質問した。 『なぁ、花琳。俺はお前のことを誰よりも信じているし、愛している。俺に隠しごとなんて無いだろ?』 『ふふふ……白虎様、突然どうされたのですか』 『ああ。お前が白龍帝と縁があるという話を聞いたんだ。だが、お前からそんな話を聞いたことは一度も無い。だから、根も葉もない噂だろうと考えている。それに過去に何があっても俺はお前を愛しているよ』 『………まぁ、なんてこと。白虎様に隠しごとなんてありません。どんな過去があっても私を愛して下さるなんて……』  花琳はそう言って、寝具に横たわる白虎帝の胸板に頬を寄せた。だが、この夜白虎は妙な気配を感じて目を覚ました。  馬乗りになった花琳が、見たこともない形相で小刀を持ち振り上げようとしていた。  混乱する頭で彼女の手首を取ると、あの穏やかで線の細い雌とは思えないほどの力で刺そうとしたので、足で押し退ける。  彼女の身のこなしは、特殊な訓練を受けた者のように思えた。 『花琳! 何をするっ……』 『………この國の聖上は白龍様こそふさわしい。お前は、官吏にも見放され雌にうつつを抜かしている。白龍様を迎える準備は整った』 『なんだと?』 『可哀想な白虎様……』  美しくて儚げな顔でニヤリと花琳は笑った。そして、再び花琳が殺意を向け突進してくると、反射的に剣を取り斬りつけた。  深紅の血が飛び散り、花飾りが宙に舞う。 『……何故だ、花琳。お前だけを信じていたのに』 『私が……死んでも……白龍帝は……不滅。白龍さま……お慕いして……』  花琳はそう言うと、息絶えた。  彼女が白龍とどういう関係にあったかは分からない。ただ、自分に近付いたのは暗殺するためだと言うことだけは理解できた。  白虎は血の滴る剣を持ちながら、ただ心が冷たく空虚になっていくのを感じる。 「ずいぶん長い時間をかけて、花琳は俺を殺す計画を練っていたんだな。白龍帝は死んだはずだが、墓に亡骸(なきがら)は無かった。その時から俺は、雌遊びが……っ、鳴麗?」 「…………っ」  鳴麗は大きな白虎を抱きしめるとぽろぽろと無言のまま涙を流した。突然の事で驚いたが戸惑うようにして彼女の背中に腕を回す。  愛されていたと思っていたが、愚かにも敵を信じてこの國を傾けた。そして、愛する(おんな)をその手で殺したのだ。  そして彼女は、死ぬ直前まで愛する別の雄の名を呼んでいた。 「白虎様の代わりに私が泣きます」 「………ありがとう」  鳴麗は多くは口にしたかったが、その温もりと涙が心を癒やした。  鳴麗に、自分を騙して嘘を付けるような器用さは無い。彼女の言葉はすべて真実だと信じられるような何かがあった。 「お前は喜びも悲しみも等身大だから、愛しい」
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