記憶の彼方

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「ねえ、覚えている?」 「ねえ、覚えている?」 「ねえ、覚えている?」 「ねえ、覚えている?」 「ねえ、覚えている?」 「おかしいな。バグかな。」  樽沢誠一郎は、帝都大学の特別病室で、虚な目をした20代前半の女性患者を前にしてつぶやいた。  数年前から、人間の記憶をコピーしたり、消去したり、転送したりすることが可能であると、彼は確信していた。  犬を使った実験では、記憶を入れ替えられた犬が、身体が違っても、元の飼い主を正しく認識できることが何度も確かめられた。  記憶は、脳の中の海馬に蓄積されている。どのようにかというと、海馬の神経繊維同士がお互いに関係しあって、複雑な情報が、例えばコンピューターのハードディスクのように保存されている。人間の場合、その記憶情報は、大脳からの指示で自由に出し入れができる。  その情報は、量子ホログラムとして保存されているため、超高性能の立体分子解析量子スキャナーを使えば、読み取ったり、コピーして、他の脳に転送することができるということだ。極めて単純なことだった。
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