第五章 らしくない

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「今でも、本当は吹奏楽部に入りたかったと思っていますか?」 「うーん。少し前までは、そう思っていたかもなぁ」  彼は、昔を懐かしむように瞳を細めてから、口元に笑みを載せた。 「だけど、いまはもう大丈夫だよ。帰宅部だったからこそ、こうして羽鳥さんと過ごせる今があるのだと思うから」  息を、呑んだ。  先輩は、罪な人だ。  なんの気なしに、こんな人の心を揺さぶるようなことを言うなんて。 「それにしても、君が思ったより元気そうで良かったよ」 「えっ?」 「ああ。もちろん、そう振る舞ってくれているだけかもしれないけど……実は、しばらく生物室に来れなくなるんじゃないかって心配だったんだ。ここに来るたびに、思い出して辛くはならない?」  先輩も、私のことを心配してくれていたんだ。 「かめきちのこと、ですよね。ええと、その節はありがとうございました」 「ううん。大したことはしていないよ」 「過ごしてきた時間も長いし、まったくさびしくないといったら嘘になると思います。だけど……想像していたよりかは、大丈夫そうです」  このさびしさは、いつか、時の経過が溶かしてくれると信じられる。  それは、他でもない、先輩のおかげなのだと思う。  彼が、教えてくれたから。  悲しみ方は人それぞれで、泣くことだけが、悲しむ方法ではない。私は、かめきちのことも、おばあちゃんのことも大切に思っていたのだと。
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