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「今でも、本当は吹奏楽部に入りたかったと思っていますか?」
「うーん。少し前までは、そう思っていたかもなぁ」
彼は、昔を懐かしむように瞳を細めてから、口元に笑みを載せた。
「だけど、いまはもう大丈夫だよ。帰宅部だったからこそ、こうして羽鳥さんと過ごせる今があるのだと思うから」
息を、呑んだ。
先輩は、罪な人だ。
なんの気なしに、こんな人の心を揺さぶるようなことを言うなんて。
「それにしても、君が思ったより元気そうで良かったよ」
「えっ?」
「ああ。もちろん、そう振る舞ってくれているだけかもしれないけど……実は、しばらく生物室に来れなくなるんじゃないかって心配だったんだ。ここに来るたびに、思い出して辛くはならない?」
先輩も、私のことを心配してくれていたんだ。
「かめきちのこと、ですよね。ええと、その節はありがとうございました」
「ううん。大したことはしていないよ」
「過ごしてきた時間も長いし、まったくさびしくないといったら嘘になると思います。だけど……想像していたよりかは、大丈夫そうです」
このさびしさは、いつか、時の経過が溶かしてくれると信じられる。
それは、他でもない、先輩のおかげなのだと思う。
彼が、教えてくれたから。
悲しみ方は人それぞれで、泣くことだけが、悲しむ方法ではない。私は、かめきちのことも、おばあちゃんのことも大切に思っていたのだと。
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