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誰もがおばあちゃんを偲んで泣き濡れていたのに、私だけが、涙の一粒すらも流していなかった。
もちろん、なんとも思っていなかったわけじゃない。
むしろ、私はおばあちゃん子だった。
小学生の頃は頻繁に、近所に住んでいたおばあちゃんの家に預けられていた。
『かめきち。佳奈ちゃんが、遊びにきてくれたよ』
おばあちゃんは、私をかめきちと出逢わせてくれ恩人でもある。黒目がちの愛くるしい瞳ときれいな色の甲羅に、私はすぐに夢中になった。
『ふふっ。かめきちも、すっかり、佳奈ちゃんに懐いたねぇ』
年季の入った木造戸建で過ごす、ゆったりとした時間が好きだった。
夏は、縁側に腰掛けながら、みずみずしいスイカにかぶりついて。
冬は、こたつに入ってぬくぬくとしながら、甘いみかんを食べた。
『近頃は、ずいぶんと寒くなったねぇ。野生の亀さんは、本当はこの時期になると冬眠をするんだよ』
『ふーん。かめきちは冬眠しなくても良いの?』
『良いかい、佳奈ちゃん。冬眠っていうのは、そんなに生易しいもんじゃあないんだよ。厳しい環境を、なんとか生き抜くための知恵なのさ。眠りについたからといって、必ず目覚められるわけでもない。厳しい冬を乗り越えた者だけが、再び春を謳歌できる。命がけなんだ』
『命がけ……』
『うん。うちのかめきちは、なにも自然の中に生きているわけじゃあないからね。冬眠はあえてさせないんだ』
初めてこの話を聞いた時、生きるということは、想像している以上に大変で、尊いことなのだとぼんやり感じていた。
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