第四章 ある寒い冬の日のこと

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 陽だまりを吸いこんだような、安心する香り。 「話してくれて、ありがとう。そっか。君は、ずっと苦しんでいたんだね」  回された腕は固くて、しなやかで、あたたかくて。  ただ身を任せたくなるような、心地の良さしかなかった。  顔をあげられないままうずくまっていたら、引き寄せる力が、より強くなった気がした。 「でもさ、泣けないことはそんなに悪いことなのかな。そうやって、自分を責めなきゃいけないほど?」  喉の奥が、ひゅっと細まる。  悲しいのに泣けないのは、心がどこか壊れているから。  私が、みんなと違っているからだとばかり思っていた。 「泣いている人が、全員、本気で悲しんでいるわけではないよ。さして悲しいわけでもないのに泣ける人もいれば、嬉しくて泣く人もいる。僕自身が、笑いたくもないのに愛想笑いを浮かべてばかりだから、よくわかるんだけど……外から見ているだけでは、その人の本当の心なんて、わかるはずもないんだ」  先輩が普段浮かべている、作り物のような笑顔が脳裏に浮かんでくる。
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