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成りすまし
処置室の朝田は足を組み、手に持った雑誌を読むこともなく深く椅子に腰かけていた。
「あっつ三浦君、君何とか言ってくれよ、去年あれだけ嫌だって言ったのに、しかも同じ看護師だぜ、これって当てつけかよ⁉」
三浦は朝田が送る視線の先に原因の男性を確認して驚いた。
そこには、昨年離婚した蒲池淳が粛々と他の患者に接種を続ける姿があった。
(どうして? 昨年朝田部長にあれほど侮辱されたにも拘わらず、ましてや離婚した私が勤務する会社と知りながら)
三浦は正直呆れてしまった。というか今日は腑に落ちないことだらけである。
職業柄、疑問を等閑にしておくと必ずと言って、その後の業務に支障をきたす。
これ以上の蟠りを引きずりたくないと判断した三浦は、人が見るのも構わずに行動に出た。
「先生、この看護師さん少しだけお借りします。宜しいですか⁉」
医師は昨年のことが尾を引いていると察知したのか・・
「どうぞ! でも忙しいので少しだけですよ」
三浦は、蒲池の腕を掴むと、逃げるようにして医務室を出た。
「何処いくんだよ!」
「黙って付いてきて!・・・」
三浦はわき目も触れず急ぎ足で廊下を歩くと突き当りの非常用出口のドアノブを回した。そこはひと気のない階段踊り場だ。
「どうして? 去年、辛い思いしたでしょ? なのにどうしてまたアナタなの⁉ 断れなかったの? 同僚に頼むか・・」
「違うんだ、ここに出向するにあたっては僕自身が大学病院に志願したんだよ」
「えっつ、分かんない⁉ あなた自分が何言ってるか分かってんの!」
今日の三浦は既に幾つかの蟠りを抱えていた。朝田の我儘もそうだが、高橋専務の曜日錯誤も秘書として知った以上、秘書室に報告書を提出しなければならない。勿論今日の朝田のスケジュールは既に始動している。
そこへ昨年騒動を起こした元(もと)、夫までもが、自ら志願してまで三浦の勤務先に押しかけては、訳の分からぬことを口走り始めた。
故に三浦の理性は失われ、その言葉は自ずと荒くなっていた。
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