第1章:ソル・スプリングは恋した相手に恋される

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 幻でも見ているのだろうか。千春は我が目を疑った。  頭上に浮いているのは、大きい鳥、ではなかった。たしかに羽根を持ってはいるが、『それ』は背中に羽根を生やした男性のようにしか見えない。だが、『人』であるかも怪しい。その顔は、くちばしを持つ、鳥のようであったのだから。  更に驚くべきことに。 「おやおや、ここにも『ニンゲン』がおったか」  その鳥人間は、くちばしを動かして、人の言葉をしゃべったのだ。 「お前たちもこの『猛禽(もうきん)のラパス』様の力で、飛べない鳥に変わってしまうかい?」  くつくつと笑う鳥人間の向く先を、克己と一緒に振り返る。そこには。 「たっ、助けてくれえええ!」 「食われるううう!」  やはり人の言葉を喋りながら、全力全開で必死に走るニワトリが、三羽。その後ろを、ぎらぎらに目を輝かせた猫の群れが追いかけている。  だが、驚きはそこで終わりではなかった。ニワトリの一羽が、千春たちと目が合うと、羽根をばたつかせてぴょんぴょこ飛び上がったのだ。 「さ、澤森! 十河!!」  その声は、さっき教室で千春をからかった男子生徒と、全く同じ。 「おれたちが悪かった! だから助けてくれえええ!」 「猫に食われるなんて冗談じゃないよおおお」 「おかあさーん! おかあさーん!」  ニワトリたちは、口々に叫びながら、猫の爪からばたばたと逃げ回る。 「はーっははははは!」  唖然とする千春と克己の背後で、鳥人間が腕組みをしてのけぞりながら高笑いした。 「ニンゲンとはかくも弱き生き物よな! リーデル様が失望されるのも当然。この世界はやはり我々『自在なるもの(フリーマン)』の手にあるべきなのだ!」  千春たちの知らない名前を次々と挙げて、『猛禽のラパス』と名乗った鳥人間は、右手を高々と掲げた。そこに、もやもやとした白い光が集う。 「――千春!」  声が聞こえるが早いか、華奢な千春の体を、克己のたくましい腕が包み込む。腕の間から、ラパスが光を放つのが見える。  直後。  どおん! と。大きな音を立てて、それまで千春たちが歩いてきた道が、爆発したかのように砕け散る。ニワトリになった(と思われる)男子生徒たちの「コケーッ!!」という悲鳴が遠くに聞こえる。千春は克己に抱き締められたまま、ごろごろと地面を転がった。  視界がもうもうと立ちこめる煙に占められる。すりむいたのだろう、体のあちこちがじわじわ痛い。涙目になりながら、いつの間にかつむっていたまぶたを持ち上げ、千春ははっと表情を固まらせた。 「う、うう……」  千春を抱き締めたままの克己が、小さくうめいている。自分をかばってくれたのだと気づいたのは、周囲一帯の道の舗装がすっかりひっくり返り、瓦礫の山のようになっていたのを見て、だ。慌てて身を離すと、克己の腕は力無くだらんと地面に垂れて、千春でもその腕から抜け出すことができた。 「克己! 大丈夫か、克己!?」  幼なじみの体に取りつき、必死に呼びかけながら揺さぶる。しかし、克己は苦しそうにうめくばかりで、閉じた目を開けない。頭を打っているかもしれない。その考えに至って、千春は揺さぶるのをやめた。  このままでは克己が死んでしまう。  その思いが、黒い雲になって千春の脳を占める。  克己がいなくなってしまう。二度と一緒にいられない。助けてくれない、隣を歩いてくれない、笑いかけてくれない。その時が訪れてしまう。  呼吸が勝手に止まる。目の奥からあふれそうになるものがある。ふるふると震える手を宙にさまよわせて、どうすればいいのか必死に考えようとした時。 「大丈夫じゃぞ、千春ゥ!!」  聞き覚えの無い低く太い声が、自分の名を呼んだ。
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