その瞬間は、きっと遠くはない

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「……レン。私、眠りたい……。ねえ、あなたの歌を聴かせて……?」  いつの日か、はるかが言ったことがある。  私がこの世を去る時、あなたの歌を聴きながら眠りたい、と。  その時が来たのだと、感じた。  かつて遠い海で、歌声で船を海に沈めてヒトを殺めていたセイレーン。  俺たちは、ヒトを殺めることを拒否したセイレーン一族の末裔の人魚だ。  俺たち一族の歌声は、月の女神の魔力により夜のみ効力を失う。  今は夜。俺はお前の為に歌うことができる。  テラスに座らせたはるかを後ろから抱いてその体を支えると、彼女の手が俺の腕に触れた。  はるかの皺だらけの手。  愛しい愛しい彼女の、手。  満月を見上げて、俺はお前の為に歌い出す。  星空と海の歌。  ふと腕の中ではるか微かに呟くのが聞こえた。 「……心は、永遠に……あなたの側に……」  その言葉に堪えきれず、俺ははるかに口づけを落とした。  刹那、俺の目から零れた涙が彼女の頬に落ち、彼女の流した涙に重なるように頬を伝う。  俺は彼女からそっと顔を離して、再び歌い出す。  はるかが迷わず行けるよう、宇宙(そら)へ橋を架けるように。  はるかの手がするりと俺の腕から離れてテラスに落ちても、俺はしばらく歌い続けた。
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