明日の事

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 朝が来る。  人々が目覚める。  彩り豊かなサラダ付きモーニングセットを売りにしている街角のカフェは午前8時ちょうどに店を開ける。  街の目抜き通りの横断歩道を、通勤の会社員や通学の高校生達が早足で闊歩する。  公園では朝のランニングに勤しむ人や、花壇の花を見ながら散歩する老夫婦の姿がある。  いつもと変わらない日常だ。異常な事など何も無い。ただひとつ、街の住人が全て同一人物であるという事を除いては……。  あの次元転送後、こちらの次元に残された私達は、元いた住人達の各々の日常生活を複写してなぞるように過ごしている。私達がそうしようと話し合って決めた訳ではない。気がついたらいつの間にかそうなっていたのだ。きっと私達はそうするように設定された存在なのだろう。  この世界はもう滅びているのだろうか? 分からない。  そもそもアレは本当にカミだったのだろうか? 分からない。  私達は誰一人としてこの街から一歩も出られないようになっているし、潮干山からはもうカミの像は消滅してしまっているので、真実は確かめようが無い。  しかし、分かる必要も無いだろう。  「私」達のうちの一人である私も、朝が来ればカフェにやってきてはモーニングセットを注文し、いつもと同じ席に座り、朝刊を広げる。朝刊の日付はいつも同じ。書かれているニュースの内容も同じ。  私達には「明日」は来ない。無限の「今日」が永遠に繰り返される。きっとそれで次元とやらのバランスが取れているのだと思う。  けれど、私は時折考える。無数に複写され続ける「今日」の中で、たった一日くらいは、「私」以外の誰かがひょっこり私の前に現れはしないだろうか、と。  それは派手なメイクの女子高生かもしれない。  物腰丁寧で、皺の刻まれた顔が可愛らしいお爺さんかもしれない。  縄跳びを手に持った元気そうな小学生かもしれない。  そして、その誰かは私にこう訊くのだ。 「ねぇ、覚えてる? 明日の事……」  私は何て答えよう? 今度は少しは気の利いた言葉を返せるだろうか?  私はそんな事をぼんやり思いながら、今日も熱い珈琲を啜り、カフェの窓の外の景色を漫然と眺めている。 (了)
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