トリセツ

1/4
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
『この度はこんな僕を選んでくれて、どうもありがとう』  入籍を一週間後に控えた夜。彼から『暇な時に読んでください』という一言と一緒に、スマートフォンにPDFファイルが添付されたメッセージが届いた。  夕食も食べ終え、お風呂も上がり、文字通り暇になったのでそれを開くと、冒頭の一文が目に入った。 「なにこれ」  予想だにしない贈り物に、少し恐怖を覚える。  明日新居へ引っ越しのため、部屋は段ボールだらけで、唯一出しているものと言えばシングルベッドだ。抱き枕がないと寝られないタイプなので、付き合い始めに彼がゲームセンターでとってくれたうさぎの抱き枕も段ボールに詰めずに出している。そのウサギを抱きしめて、続きを読んでいく。 『この取扱説明書には、僕を安全に使用していただくための、必要な注意事項と使用方法が記載されています。これから始まる新生活を楽しく過ごすためにも、正しくご使用いただきますようお願いいたします』  どうやらちょっと前に流行ったトリセツ、つまり取扱説明書のようだ。でもこれって…… 「普通、彼女が彼氏に贈るものじゃない?」  決まりはないのかもしれないが、歌でも女性目線から歌われている。男目線のトリセツ……面白い。読み進めていこう。  項目は三つ。まずは『基本性能』 『平和機能が充実した安心設計です。争いごとを避け、調和を最重視します』  確かに彼は平和主義だ。大喧嘩をしたことがない。と、いうか喧嘩にならない。なぜなら、わたしが怒るとすぐ謝るからだ。  この間も「ポテトサラダに醤油を付けるか・付けないか」という些細な話で、キレそうになった。たぶんたいていの人は付けないと思うんだけど、「付けない方がおかしい」と言い出しやがるから、あんた中心に世界は回ってないって言ったら、すぐ「ごめんなさい」と頭を下げてきた。プライドってものはないのか。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!