たぬきの恩返し

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車は国道を抜け、都会からは少し離れていく。一時間ほど走ると車は静かな住宅地に到着した。 「じゃあ、仕事の内容を説明するから」 そう言うと彼は住宅街が書かれた地図を広げた。 「お前はこの永友さんっていう家まで行ってインターフォンを押す。 そうしたら、おばあちゃんが出てくるから、『先ほどお電話した使いのものです』って言って玄関まで行く。 おばあちゃんが紙袋を預けてくるから、それを受け取ってまっすぐ歩いてこの公園までやってくる。 そこで携帯に連絡をして、この道を通って車まで戻ってくる。それだけ、わかった? 簡単だろ?」 「確かに簡単なことです。僕がそれをすれば、恩返しは出来たことになりますよね?」 「恩返し? ああ、なんかよくわかんねーけど、そうなんじゃね?  とりあえず、うまくやれよ。なんか言われたら、『はい、大丈夫です』とかなんとか言っときゃいいから。 あ、あと、なんかヤバそうだったら何も言わずに逃げろよ」 「わかりました。逃げるのは得意なので大丈夫です」 「ははは。この状況でそんな冗談言えるのすげーわ。お前なら出来るよ。頑張って、行ってらっしゃい」 車から降りると、夏の日差しが眩しくてうだるような暑さを感じた。 コツコツと革靴の音がアスファルトを鳴らしていく。 教えられた家は視界に入っている。 周りに人の気配はなく、誰も外を歩いている様子はない。 僕は家の前までやって来ると、インターフォンを押した。 「はい、どちら様ですか?」 「あ、僕は先程お電話した使いのものです」 「俊一の? 俊一は大丈夫なんですか? 事故を起こしてしまったとか言っていたけれど……」 「はい。大丈夫です」 「わかりました。今玄関を開けますから」 引き戸が開けられると、白髪の女性が不安そうな顔をしながら紙袋を持っていた。 「あの……本当に俊一は大丈夫なんでしょうか?」 「はい。大丈夫です」 女性の手は震えていて、とても怯えているように見えた。 僕は彼女の手を優しく握ってあげると、「大丈夫です」と励ましてあげた。 「よろしくお願いします。俊一を助けてあげてください」 「はい。大丈夫です」 紙袋を受け取った僕は指示された通りの道を歩き、公園に着いて電話をかけた。 「おう。早いな。じゃあそのまま電話をかけながら歩き出して。見つけたら拾うから」 僕は言われた通り携帯電話を耳に当てながら歩道を進んだ。 すると、見覚えのある車がだんだんと近づいてきて僕の横に停まった。 ドアを開けて助手席に乗り込むと、車は勢いよく発進していく。 「誰かにつけられてるとか、怪しいやつはいなかったか?」 「まあ特には」 「そうか。よし、よくやった」 車はある程度走り、近くのコンビニの駐車場に停車した。 彼は僕が受け取った紙袋を覗き込むと、「うへへへ」と嬉しそうに笑った。 中から出てきたのは二つの札束だ。 「お前よくやったよ。はいじゃあ、これお前の給料な」 そう言って彼は札束の中から十枚の一万円札を取り、僕に渡す。 「いえ、僕はただ恩返しをしただけですから。お金なんていりません」 「ええ? お前マジで言ってんの? いやいや、取っとけって。後で文句言ったって遅いからな」 無理矢理僕の上着のポケットに折り畳んだお金を入れた彼は僕から携帯電話を預かり、「ほんじゃあ、ちょっと急いでんだ俺」と言って僕を車から降ろした。 僕は着せられたスーツのまま、その場に立ち尽くした。 彼への恩返しはこれで終わりだ。 だけどもう一人、恩返しをしなければいけない人がいる。 僕はもう一人の彼の元へと歩き出した。
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