おいで、イカロス

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 成人の儀の日。四翼の子供たちは、一列に崖の前に並んでいた。皆、肩の片翼も落ち、背中には一様に翼が浮かんでいる。四翼の子供は、それまでずっとともに飛んできたものと手を繋いで、それから離れた。飛び立つときは、絶対に互いから離れてが、成人の儀の鉄則だった。  ニアは、トゥの手を握った。トゥは列に参加できないので、対面だった。年長で、またがらない四翼を、様々な視線が囲う。 「さよなら」  抱きしめる代わりに、そう言った。そうして、ニアは崖の縁へと向かう。  背筋を伸ばすと、背中が一際強くうなりをあげた。濡れた小枝が裂け、折れるような音とともに、背中から、何かが強くはがれ落ちて、開放されていくのを感じる。  押さえつけられ、痛んでいた背骨が、一気に伸びるのを感じたと同時、水があたりに散った。四翼の背中から放たれた。対翼の羊水で、あたりは雨が降ったように濡れた。  生まれたての対翼の翼はぬれそぼり、しかし生まれたと同時に、本能で羽ばたきを始めた。あたりに濃霧が起こり、虹が浮かんだ。風の音が、これ以上ないほどに、耳の奥を揺らした。  ニアは、自分の体が浮き上がっていくのを感じた。地面は蹴らない。蹴る必要はなかった。対翼の翼は、たくましく美しかった。  体が崖から離れると、翼はうなりをあげ羽ばたいた。ニアの体は左右に揺れて気流にのり、安定をはかった。そうして、体が支えられると、ニアの翼は、上昇を始めた。  その瞬間、ニアは、後ろを振り返った。  トゥは、彼方に下にいた。歯をくいしばり、にらみ上げたその瞳から、とめどなく涙を流していた。ニアは指先から、しびれるような何かが走ってくるのを感じた。  トゥは振り払うように、手を振った。行けと、全身が言っていた。ニアは上を向いた。涙で曇る視界を晴らすように、何度も目を瞬いた。  そうして、ニアの体は、太陽に向かって上昇した。  ――これから、私はお前を憎んでいく。愛する分だけ、ずっとずっと憎んでいく――  ニアは天へと上り続けた。対翼の本能のままに、ずっと飛び続けた。もう二度と、振り返ることはなかった。
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