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「……覚悟できてるよな、三島ぁ!」
へっ? と驚く三島――同じ組織の仲間の腹をグーで殴ってぶっ飛ばす。軽く20mは飛んだか。
「それと五十嵐。ガキに下僕とか言われたくねぇよ」
こちらは小突くだけで勘弁してやる。まだ育ち盛りの仲間は頭を抱えて大袈裟に痛がっていたが。
「一ノ瀬。青木も殴っていいぞ」
記憶が戻った黒川の第一声に、一ノ瀬は薄く笑みを浮かべた。
「『非人道的な暴力行為』はNGなんじゃなかったのか?」
「あいつが俺達をここに飛ばした」
その瞬間、全てが1つにつながった。周囲の建物その他設備を巻き込む勢いで戦闘を続ける2人を、三島だけでなく黒川サイドも止めようとしたのだ。
三島は記憶を奪い、青木はゴビ砂漠に転送。恐らくそれぞれの組織にとっては珍しいことではなかったのだろうが、彼ら、そして黒川のEXAが干渉し合った結果、不測の事態が起こったらしい。一ノ瀬はいつも以上に記憶を失っていたし、青木達がたい焼きに頼ることになったのも目標が狂ったからに違いない。
黒川さんどうして、とうろたえる青木を殴り飛ばし――多少手加減はした――一ノ瀬は人生で最大級の溜め息を吐いた。視線を感じてそちらに目を向ける。黒川だ。
日本の犯罪者に最も恐れられているかも知れない組織のブレーンである彼は、その闇色の瞳に僅かに別の色を滲ませていた。
「それで、今日のことは……」
「ああ、3つくらい貸しだな。それとも勝負の決着のことを言ってんのか?」
「……いいや。借りは必ず返す」
一ノ瀬はもう、この男が自分と対等にやり合っていたことを知っている。だからなのか、黄砂の風に流されてしまいそうな頼りない声が意外で、不思議なくらい耳に残った。
マスクの下の顔はどんな表情をしているのだろうか。
一ノ瀬大賀、と黒川が同じ調子で切り出す。
「今日の……この砂漠でのことは、誰にも言わないでくれないか?」
「別にいいけど」
呆気に取られてそう答えると、黒川はクルリと踵を返して青木の様子を見に行った。今の声色、今の視線。暑さのせいだけではない熱が含まれている気がしたが、その正体は何だっただろう。
それもこれも、結局は砂漠の太陽のせいか。
一ノ瀬は少しぼんやりしてきた頭に右手を被せた。ここでの自分らしからぬ行動の数々を思い返して深く吐き出した息は、砂の舞う乾いた空気にあっという間に溶けていった。
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