エクストラ 稀によくある砂漠の話

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 ***  地球温暖化が問題視されて久しいが、砂漠の気温はそれほど高くはなかった。  黄砂の表面の細波模様は、下手な自称アートよりも美しい。遠くには大小の砂山が幾重にも横たわり、まるで砂漠全体が誰かの芸術作品のようだった。  少なくとも鳥取砂丘ではないなと思いつつ、一ノ瀬は跳ねた赤茶髪の自分の頭に右手を乗せた。気温は平気でもこの日光ではさすがにぼうっとしてくる。 「それにしても気に食わねぇな。もし犯人が近くにいるんならきっちりお返ししてやる」  2人の他には誰もいない砂漠をギロリと(にら)みつける。ふと、黒マスクの男の深い色の目がこちらを見ているのに気づいた。 「何だよ?」 「今更ですが、あなたも日本人ですよね? 名前を聞いてもいいですか?」 「一ノ瀬だ」 「一ノ瀬……俺は黒川(くろかわ)です」 「その名前どっかで聞いたな」  しかし、それがどこで聞いたものなのか、それ以前に本当に「黒川」だったのかは全く分からない。  黒川と名乗った男はまだ一ノ瀬を見ていた。正確には、右腕や脇腹にある衣服の不可解な裂け目を。その奥に(のぞ)いている、カッターナイフでスーッと線を引いたような不自然に細い切り傷を。一瞬、ゾッとする感覚が走る。  穏やかな口調に誤魔化(ごまか)されていたが、この男の瞳の深淵には何か危険なものが潜んでいる。 「俺の方は記憶にないみたいです。何か思い出せるかもと思ったのですが」 「ハッ、そうかよ。俺もまだまだ暴れ方が足りないみてぇだな」  黒川が顔を上げた。彼の方が数センチ背が低いため、その目は見事な三白眼になっていた。 「思い出せませんが……大体分かりました」 「何が」 「」  何か来る、と直感した。黒川の周囲の空気が変わる。全身の血液が一気に沸き立つ、悪くない昂揚感。一ノ瀬は身構えた。  黒川の体がゆらりと傾き、そして――彼はそのまま砂の上に倒れ込んだ。  
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