カシスオレンジとオランジェット

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 「ねぇ、部活一緒だった(はやし)、覚えてる?」  喧騒と人酔い。思い出話と酔っ払いの馬鹿騒ぎで盛り上がった空気は、来る前から分かっていたが、俺にはどうも合わない。 社会人二年目の夏、高校の同窓会に久々に顔を出したが、仲良かった友人は来ていないか、別のグループの中にいて話しかけられない。人見知りは、大学デビューしても社会人になっても変わっていなかった。  こんなことなら、気まぐれで来るんじゃなかった。  後悔とほとんど手つかずの枝豆を、炭酸の抜けたビールで流し時間を溶かしていると、「えっ、塩谷(しおたに)じゃん!」と頭上で俺の名前を口にする女の声がする。  「久しぶり! 元気してた?」    その姿は高校時代と全く変わっていたが、俺に声をかける女なんて、思い当たるのは一人しかいなかった。  笹本玲奈(ささもとれいな)。文芸部元副部長。しかし笹本の活動頻度はあまり高くなく、兼部していた吹奏楽部の方に力を入れていた。その時の文芸部部長は俺。  必ず部活に所属する俺らの高校で、文芸部はほぼ帰宅部の位置づけだった。所属している生徒はまあまあいるはずだったが、結局部室に顔を出していたのは、俺と笹本と林くらいだった。  「……久しぶり」  笹本は甘ったるい匂い漂うカシスオレンジ片手に、空いていた俺の隣の席を陣取った。
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