一話「だるまさんが転んだ」

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   何度も頭に浮かびそうになって、そのたびに違う違う! と思考の向きを変えようとする。  私はこれから、この話を忘れるまでずっと、頭を洗うたびに思い出して、必死に別のことを考えなきゃいけないのか。  そんな風に思ったら、ちょっと嫌になりました。  だから、思い切って試すことにしたんです。  だって、嘘かもしれないし。  私は生まれてから、一度も幽霊を見たことなんてありません。  何も起こらなければ、これから先、怖がる必要もありません。  意を決して、私は頭の中で考えます。 (だるまさんが……転んだ!)  ああ、考えてしまった。  少しだけ後悔したけど、もう遅いです。  私は恐怖でドキドキする心臓を押さえながら、ゆっくり後ろを振り向きました。  幽霊がいたらどうしよう?  取り憑かれたらどうなるんだろう?  怖いけど、確認しなければ。 「……何も、いない」  そう。私の背後には、何もいなかったのです。  あの話は嘘だったんだ。  ほっと息をついて、私は泡を流して湯船につかりました。  明日、あんな話をしたA子に文句を言ってやろう。  それで、考えても何もなかったって教えてあげよう。  温かい湯船の中で、そんなことを考えていた時でした。  私はふと気になって、水面に視線を落としたのです。  揺れ一つない透明なお湯には、お風呂が映っていました。  洗い場の壁についた丸い電気。  お風呂のへり。  そして、へりにあごを乗せて、ギョロリと視線だけを私に向ける、知らない女の人の顔。  私は悲鳴を上げました。  その後、驚いたお母さんがやって来て、私はすぐにお風呂を出ました。  あの日から、私は怖くて湯船に入れず、シャワーで済ませています。  頭を洗う時も、上を向くようになりました。  あの女の人は、私が見た幻覚だったのでしょうか?  それとも、A子の話の通り、だるまさんが転んだで寄ってきてしまった幽霊だったのでしょうか?  真相は分かりませんが、一つだけ言えることがあります。  アナタもお風呂で頭を洗う時、絶対にだるまさんが転んだって、考えない方がいいですよ。  
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