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「誰だって、自分の人生という物語の主人公なんだ。」
そういったのは教科書か、先生か、それとも海外の偉い人だったか。
誰かが言ったその言葉は何にもない私の心に深く深く刺さっていた。
誰もが主人公になれるというのなら、学校にいても、町にいても、特に目立たない私はどんな主人公になれるというのだろう。
きっと誰も読むことがなく図書館の奥にひっそりと置かれている本の主人公ぐらいだろう。
周りに合わせるだけで自分のことを前面に出せない私なんて。
考え事をして歩く私の姿はそんなにおかしかっただろうか。周りがやけにうるさい気がする。
「止まって!」
腕をひかれてハッと前を見る。そこは赤信号の横断歩道。私の目の前を大型トラックが通りすぎていく。もしもそのまま進んでいたら。そう考えた瞬間、恐怖心が体を駆け巡り、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。
そうだ、さっき手を引いてくれた人は一体。
「よかった、間に合った。ねえ、大丈夫?」
「ありがとうございます。」
知らない人だ。眼鏡をかけていてまさに社会人って感じの女の人。
「あの、どうして道路に飛び出そうとしてたのか教えて欲しいんだ。お願い!ほんの少しだけ時間取っちゃうけど!」
困惑。この人は初対面の人に何を言っているのだろうか。
「いや、あの…」
私がさっき道路に飛び出しそうになってたこともあって大分人が集まってきている。
「人集まってきちゃった…こっち来て!」
「あ、え、はい!?」
ここまで来たらもうどうにでもなってしまえ。手を引かれるまま、私はその人に着いていった。
手を引かれるまま着いた先は落ち着いた様子のカフェだった。
「さあ、ここならゆっくり話せるよ。あ、なんか頼む?」
「あ、じゃあココアお願いできますか?」
女の人は手慣れた様子で注文をすると、マスターだと思われる人はカウンターで豆を挽きはじめた。
「ねえ、君は何で道路に飛び出したの?」
そうだ私はココアを飲みに来たわけではなかった。
「私、考え事をしてたんです。言葉が気になっちゃって。」
「言葉?」
『誰だって、自分の人生という物語の主人公なんだ。』
「探してるんです。主人公のような自分を。」
私は俯きながらそう答えた。案外馬鹿みたいなことで悩んでいるような気がしてきた。突然女の人は笑い出した。
「あっははは!ごめんなさい笑っちゃって。でも、ふふふ!」
やっぱりバカみたいなことで悩んでいると思われたのだろうか。ひいひいと、かなりツボに入ってしまったようだ。
「だってあなた、もうすでに主人公なんだもの!」
ぽかん。そんな擬音が似合うであろう。
「あ、そういえば忘れてた。私、こういうものです。」
渡された名刺を見る。そこには、作家という文字が。作家。つまりこの人は主人公を創り出すプロ。そんな人に主人公認定されるなんて思ってもみなかった。
「そんなことないです。私地味で、学校でも周りに合わせるだけで…」
「まあそんなこと言わずにさ、考えてみて。今日の君、すごく主人公だったよ。だって、車に轢かれそうになって助けられる、知らない人にこうやってカフェに連れ込まれる、作家に出会う!ね?まさに本であるような展開じゃない!」
言われてみれば確かに。嬉しすぎてほっぺをまっかっかにして笑っていると、
「お待たせしました。」と頼んでいたココアが来た。
それから、私は作家さんとほんのお話をずっと続けた。どんなお話にしたいだとか、作品ができたら必ずあなたに届けるだとか。
そんな話をしながら飲むココアは普段よりずっとずっと暖かかった。
数か月後、ある有名作家が新刊を出すことになる。その本は瞬く間に売れ、たくさんの人を笑顔にすることとなる。その本のタイトルは
「凡人賛歌」
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