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   翌日、秋留は辞表を出した。部長に止められたが、意志は変わらなかった。有休消化のあと、晴れて退職ということになった。  秋留はパスポートを取り、カメラを買った。カメラはよくわからなかったので、家電量販店の店員に薦められるがままに、手頃なデジカメを購入した。  そして、旅の準備を始めた。まず最初に、どこに行こうか。ログイン画面で見た岩山が気になっていたので、岩山の画像を片っ端から調べた。結局あれは、グランドキャニオンの写真だと判明したので、アメリカへのチケットを取ることにした。  行き先は、アメリカのラスベガス。そこから、グランドキャニオンへのツアーが出ている。そうわかったものの、旅慣れていない秋留には航空チケットだけ取って現地のツアーに申し込むのは難易度が高そうに思えた。だから、きっと割高だろうと思いながらも日本の旅行代理店に連絡をして、航空チケットと宿とツアーの予約をしてもらった。  初めての旅は緊張のあまり、飛行機に乗るまで力を抜けなかった。何せ、これまで海外旅行をしたことがなかったのだ。大学のときに友達に卒業旅行に誘われたが、旅に興味のなかった当時の秋留はやんわりと断った。  初めての海外が一人旅。不安で前日もよく眠れなかった。  空港の無駄なきらきらしさに、自分は場違いなのではという思いが募った。  ぐうん、という飛行機が浮かび上がる浮遊感と共に秋留はようやく開放感を覚えて強ばった肩や腕をさすった。    グランドキャニオンは素晴らしかった。赤茶色に染まる無骨な岩山を見ていると、無性に涙が出た。  下手なことは承知で、デジカメで写真を数え切れないぐらい撮った。    それから、秋留から旅への恐れは消えた。  フランスに行って花の都を目と写真に収めた。イタリアに行って、ローマの史跡に過去を思った。香港で、文化の混合した町並みに魅せられた。アラスカで、オーロラに圧倒された。  もうこれだけ行けば旅慣れたような気がして、秋留はバックパッカーとなり、アジアを旅することにした。  おそらくこれが最後の旅となるだろう。貯金ももうすぐ尽きる。安全面は心配だったが、秋留に怖いものなどなかった。  秋留は最初の旅のあと、ブログとインスタグラムとツイッターを始めた。初めは誰も見ていないのではないか、と思いながらも更新を続けると、ブログにはコメントが増え、インスタグラムとツイッターにはフォロワーが増えた。旅先で出会った日本語の上手な韓国人に勧められてフェイスブックにも登録したが、フェイスブックはあまり活用できていない。だが、教えてくれた韓国人の彼のように――旅先で出会い、友となった者と連絡を取るのにフェイスブックを使うこともあった。  秋留と同じような旅好き仲間やバックパッカーは情報も提供してくれる。インスタグラムとツイッターは情報源としても重宝していた。  韓国で友人に再会してから、秋留はバックパッカーとしての旅を始めた。    ネパールのユースホステルで、秋留はスマホをいじる。格安で泊まれるのにWi-Fiがあるのは有り難い。  今日はユースホステルへの到着が遅れたので、早く寝なくてはならない。明日も早いのだから。  そう思いながらも、秋留は闇に沈む六人部屋の隅っこの二段ベッドの上の方で、スマホを操作する。  他の客の眠りを邪魔をしないように、手で包み込むようにしてスマホに指を滑らせていった。 (……あ。また、オレンジさんからコメントが来てる)  オレンジさんは、秋留のブログにまめにコメントをくれる常連のひとりだ。 『こんにちは! 今はネパールにいらっしゃるんですね! 今回の旅行記も楽しみにしてます! あと、先日、私もツイッター始めました。秋留さんのアカウント、フォローさせていただきました!』  秋留は笑みをもらして、『ありがとうございます。ツイッターのフォロー、返しておきますね』と素早く返信を打って、送信した。    その後、ネパールからインドに渡った。インドは噂に聞いたとおり混沌とした国だった。  インドのユースホステルでバックパッカーと話したところ、今の中東の情勢はかなり悪いらしい。中東にも足を伸ばすつもりだったが、それは止めてスリランカに渡ることにした。フィリピンも治安の悪化が著しいらしいので、目的地候補から外し、終着地点はインドネシアとなった。  
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