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「という感じで、手巻きは巻くのを忘れると止まってしまいます」
目の前で紙芝居を淡々と読んでいた店員は無表情のまま紙芝居を整えるとテーブルに置いた。手巻きの腕時計と、ネジをまく親指と人差し指をあらわしているであろうやたらとリアルな擬人化は客の心を抉る。
「……。あ、じゃあ自動巻きで」
その言葉に店員はスッともう一つ紙芝居を出した。そこに描かれていたのは先ほどの絵よりいっそうゲッソリとした男の顔だった。その絵に客は思わず視線を逸らす。
「自動巻きは常に地震に耐えつつ、先ほど違って動かす使者がいない分いつネジがまかれるかという恐怖に耐えながら自分の生を問い続けるというストーリーになっております」
「……もう普通のクォーツ式で……」
「ああ、腹が減ったら腹を掻っ捌かれて内臓を交換されるお話ですね」
「……。お勧めは」
「時計やめてネクタイピンにしましょう、予算も抑えられますし」
デパートの父の日ギフト特別ブースに来た高校生はいたたまれない気持ちでネクタイピンを買った。この店員、時計に親でも殺されたんだろうかと思いつつ包装してもらっていると。
「ネクタイピンなんてしょぼすぎますよ、腕時計はやはりあると輝きますよ」
先ほどの紙芝居をしていた店員と違う店員がスケッチブックを持って真横に立つ。こちらが何かを言う前に店員はスケッチブックをめくる。
「ネクタイピンは己の筋力のみで断崖絶壁に必死にしがみついているのです、休むことなく。落ちてしまったら最後、地面に落ちて二度と家には帰れません。でもたかがネクタイピン、買い直せばいいやと放っておかれます。彼の一生はそこで終わるのです」
無表情のままスケッチブック劇場が始まり、早く包装終わらないかなとそわそわと待つ。スケッチブック店員は構わず続ける。
「結婚したら家族を養うため身を粉にして働き休むことが許されない一家の大黒柱、父親という偉大な存在には少し高価なものをあげましょう、感謝の気持ちを込めて」
ぱらりとめくられたスケッチブックには古代エジプトの奴隷のような恰好で働き続けるサラリーマンの絵が描かれている、苦悶の表情がむっちゃくちゃリアルでちょっと怖い。
特別ブースに掲げられている幕には「忙しいお父さんに最高のお休みと最高の逸品をプレゼント★」と書かれている。
いや、各商品担当者たちの営業トークどうなってんの、と隣で延々続く劇にライフを削られながら、ひたすら自分のパッケージが終わるのを待ち続けるのだった。
END
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