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最愛の妹が不治の病に罹ってしまった。
17歳で。
研究所に勤める俺は、試作品のコールドスリープシステムに妹を託すことにした。
数十年後には、妹の病気は治るようになっているはずだ。
「今度会うときは、お兄ちゃんはお爺ちゃんになっているかもね」
コールドスリープシステムのベッドに横になった妹が微笑みながら言う。
「私が寝ている間に、家にいる蜘蛛(くも)、駆除しておいてね」
妹は蜘蛛が大の苦手だ。
「約束するよ」
「じゃあ、おやすみなさい……」
妹を収容したカプセルの蓋が閉められた。
10年後―
思ったより早く、妹の病気の特効薬が開発された。
コールドスリープシステムのカプセルの蓋が開く。
妹はゆっくりと瞼を開くと、覗き込んでいる俺の顔をじっと見た。
「俺だよ、お前のイケメンの兄だ。覚えているだろう?」
妹はスローモーションのようにゆっくりと頷くと、
「覚えてる。全部……」
妹の表情が徐々に歪む。
「どうした? どこか痛いのか?」
「ギャーーーーーー!!!」
叫び声をあげると、妹はカプセルから飛び出すと、部屋の壁に背中を張り付けるようにして震え、両手を突き出すと、
「来ないで!!」
「どうした! なにがあったんだ!」
「蜘蛛が!! 蜘蛛が私を!! イヤーーーー!!!」
頭を左右にブンブン振っている。完全に錯乱状態だ。
スタッフが鎮静剤を打つと、やっと落ち着いた。
「妹さん、悪夢を見たんだな」
俺の隣に来た所長が険しい表情で言った。安心した俺は、
「なんだ、それならしばらくすれば治まりますね」
すると所長は、深いため息をつくと、
「君はよくわかっていないね」
「どういうことです?」
「普通、悪夢を見たら、目が覚めるだろう。蜘蛛に襲われそうになっても、目が覚めれば終わりだ。だが、コールドスリープの場合は、目が覚めない。続きを見ることになる。妹さんの場合は10年間もね」
今、妹は再びコールドスリープシステムのカプセルの中で眠っている。
今度目覚めるのは、悪夢の処理が可能となった時だ。
それがいつになるのか、今の時点では誰も分からない。
それまでは、妹よ、どうか悪夢を見ずに安らかに眠れ……。
(了)
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