物語と勉強ドリル

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 家に帰ると、宗助は手提げ袋から、本を取り出した。手提げ袋は記念にとっておくことにしたので、勉強机の引き出しにしまっておいた。  宗助は早速、物語が読みたいと本に伝えた。そうすると、表紙はドリルのままだが、中のページから、計算問題が消えた。代わりに、物語が生まれ始める。  それから宗助は数日、物語を読みふけった。シオリという名の不思議な女性店員から購入したこの本の物語は、決して完結しなかった。次から次へと物語の続きが追加され、終わる気配がない。それが彼には、とても嬉しかった。終わりがある物語だといつか、自分とこの本のお別れの日が訪れるような気がして、怖かったのだ。  本は、お母さんの監視の目もかいくぐった。母親は、自ら進んで部屋にこもり、勉強机に向かう息子の姿に疑いの目を向けていた。なにしろ、今まで一時間も集中できずにリビングに戻ってきていた宗助が、こちらが呼びかけない限り部屋にこもっているのだ。  しかし、数日経った頃には、上機嫌で部屋への見回りにも来なくなった。そんなある日のことである。物語を誰にも邪魔されず、思う存分体験した宗助の目に、思わぬ言葉が映ったのだ。 『そろそろ、勉強物語モードを試してみませんか』  本の言葉に、宗助はあの日女性店員から聞いた言葉を思い出した。 『計算問題を解くことで、そしてその正解の数によって、物語が変化するんです。しかも、何度でも同じ問題に挑戦できますから、たくさんの物語を見ることができます。面白いでしょ。勉強しようかな、そう宗助くんが言えば、この形で本が開きます。どんな問題を解きたいか、それを詳しく伝えれば、それに近い問題を出してくれますよ』  この数日、終わりのない物語を読み進めることができたおかげで、彼の心は満たされていた。一度、この本で勉強してみてもいいかもしれない。それに、この本なら遊びも混じっている。宗助はそう考え、本に向かって言った。 「やってみるよ。嫌になったら、また物語に戻してくれるんだよね」 『もちろんです。あなたの本ですから』  本の言葉に満足して、宗助は一度本を閉じ、再びページを開いた。先ほどまで物語がつづられていた本のページには、大きなドラゴンが火を吹いている絵が描かれている。
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