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そう声をかけられて、宗助はびくっと肩をふるわせた。振り返ると今日、宮丸書店でレジ打ちをしていた女性店員が、にっこりとこちらに笑いかけている。
「ここは……」
「ここは、まぼろし書房、と言います。普通の書店には置いていないような、本を取り扱っております」
そう言うと、彼女は小さく頭を下げた。
「そして私はここの書店員、シオリと申します。今のあなたに必要な本は、何でしょう」
そうシオリに尋ねられ、考える間もなく宗助は答えていた。
「物語の本を下さい。あ、でもお母さんには物語の本ってばれないような本」
自然と口から出た言葉に、宗助はびっくりする。シオリは、ふふっと笑う。
「ふむふむなるほど。それがあなたの本音なのですね」
そういうとシオリは、木製のテーブルに、一冊の本を用意する。それは、今日買ってもらったドリルに間違いなかった。彼女は椅子に座ると、身を乗り出して言う。
「お母さんがいつも買ってくださっているのは……、勉強に関するドリル、ですか。それでは、ドリルの姿をした本ということで一つ、どうでしょう?」
「どうして、僕がドリルばっかりしか買ってもらえないことを知ってるんですか」
シオリの言葉に、宗助は驚く。
初対面であるこのシオリという店員がこのことを知っているのは、不思議である。すると、シオリは、謎めいた微笑みをうかべた。
「それは、秘密です。秘密があった方が、謎めいていて、面白いでしょう」
「それは、それでもいいですけど」
宗助は答えつつ、考える。本当に、ドリルみたいな物語の本なんてあるのだろうか。もし本当にそんな本があるとしたら、見てみたい。
謎めいたシオリのことを考えるより先に、彼女の言った物語の本のことの方が、宗助には気になって仕方がない。
宗助のそんな心の声に答えるようにシオリは言う。
「この店には、存在しない本はほとんどありません。必要だけど存在しない本なら、作ればいい話ですし」
そう言って、本の表紙をなぞる。
「ここにやってくる本は、みんな、誰かの本になりたくてやってくるのです。ですから、あなたを選んだこの本は、あなたが望む形に、姿を変えてくれることでしょう」
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