物語と勉強ドリル

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「この本は、あなたが手に取ったときと、お母さんが手に取ったときで、中身が変わります。お母さんにとっては、どこから見ても、ドリルにしか見えません」  シオリの言葉と共にページから、計算問題が浮かび上がる。 「けれど、あなたが手に取ったときには、物語が浮かび上がります。さらに、こんなこともできます」  シオリの言葉と同時に、左に計算問題、右のページに物語が浮かび上がる。 「計算問題を解くことで、そしてその正解の数によって、物語が変化するんです。しかも、何度でも同じ問題に挑戦できますから、たくさんの物語を見ることができます。面白いでしょ。勉強しようかな、そうあなたが言えば、この形で本が開きます。どんな問題を解きたいか、それを詳しく伝えれば、それに近い問題を出してくれますよ」  それを聞いて、宗助は目を輝かせた。これこそ、僕にぴったりの本だ。これなら、お母さんに勉強しなさいと怒られることもないし、物語を好きなだけ楽しむことができる。 「買います。いくらですか」  なんとしてでも、この本を持って帰りたい。宗助は、そう思った。  そんな彼の言葉に、シオリは笑った。 「お買い上げ、ありがとうございます。お代は、あなたにとって必要ない本です」 「僕に……必要ない本……」  店員の言葉に、宗助はうなずく。僕が必要としていない本、それならたくさんある。すると宗助の手に、一冊の本が現れた。思わず、彼はげっと言葉をつまらせた。  それは、宗助が難しすぎて、一ページであきらめた問題集だった。どのページをめくっても、小さな字でたくさんの問題が並んでいて、宗助は目がちかちかしたものだ。  シオリは、自分が手に持っている本を見て言った。 「あなたが、この本を本当に好きになってくれたら。その時、この本に『ありがとう』と感謝を伝えてください。そうしたら、今あなたが手に持っている本が、この場所にやってきて、二度と戻りません。そうなればこの本は、本当にあなたの持ち物になります」  宗助は、すぐに頷いた。宗助が一番見直す可能性のない本だ。それに、お母さんだって、問題集の一冊がなくなっても気づかないだろう。
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