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「それでは、一度お母さんにその本を見せてきてください。少なくともまだ、その本は宮丸書店の本ですから、レジで支払いをしなくてはいけません」
その言葉を聞き終わるとほぼ同時に、宗助は元の書店の児童書コーナーに戻ってきていた。そして自分の腕に抱きかかえている本があることに気付いた。先ほどのドリルになった本だ。彼は急いで本をお母さんに見せに行った。
お母さんは、ドリルコーナーにいた。宗助は、ゆっくりとお母さんのところへ向かう。
「お母さん。このドリルなら僕、やるよ」
自然と、宗助の口から言葉があふれ出た。それを聞いて、一瞬母親は不思議そうな顔をする。それはそうだろう。いつもなら、どんなドリルを前にしても、嫌がるのだ。それがどうしたことか、今日は自分でこのドリルがいいと選んで持ってきた。怪しいと思わないはずがない。
「見せてみなさい」
そう言われて、宗助は少しためらった。
(さっきお母さんが選んだ本にしなさいって言われたらどうしよう……)
けれど、先ほどの女性店員の言葉が、頭の中で響く。
『あとは、この本がうまくやってくれますよ』
宗助はお母さんに本を手渡した。お母さんはしばらく、ページをめくったり、表紙や裏表紙を見つめていたが、やがて言った。
「いい本を選んだわね。これなら、買ってあげるわよ」
そう言われていよいよ、宗助は内心飛び上がって喜んだ。その時、先ほどの女性店員、シオリがすっと宗助とお母さんの前に現れた。
「いい本をお選びになりましたね。お子さんもきっと気に入ります」
それを聞いて、お母さんはますます機嫌をよくした。そして言った。
「これ、買います」
「お買い上げ、ありがとうございます。レジはあちらになります」
歌うように、女性店員は言った。それを聞いて、お母さんは、鼻歌交じりにレジへと向かって行った。
その背中を見送ってからシオリは、宗助の目線に合うよう、かがんで言った。
「お買い上げ、ありがとうございます。本と、あなたが幸せでありますように」
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