朝の習慣

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朝の習慣

 朝起きて、まずはトレーニングウェアに着替える。  歯磨きと顔を洗い、軽く水分補給をしたら自主練に行く。  いつも通り。いつも通りの朝だ。 「あら? あんた引退したんじゃなかったの?」  一階のリビングに来た時、母のキョトンとした声でようやく我に返った。  そうだ、僕はもう部活を引退したんだった……。  習慣というものは身に付けばありがたくもあり、困ったもの。中学から続けていた陸上を引退したというのに、気が付けば朝練の用意をしていた。無意識のうちに。  今は高校二年。よく頑張ったという自負はあるし、来年は受験だ。結果が出せなかった部活をいつまでも続けるわけにはいかない。  未練が無いわけではない。でも……。  昨日の夜は「もう早起きしなくていい」と思って眠ったはずなのに。 「まだ学校に行くには早いわよ。――だいぶ染みついているみたいね」 「そうみたい」 「もう一回寝る?」  二度寝。なんて甘美な響き。だけど体を動かさないと思うと、妙に気分がモヤモヤする。 「やっぱり行って来るよ。軽めに、ランニングだけでも」 「あらそう? 偉いわね。私も今度から一緒に走ろうかしら。ダイエットのために」 「やめてよ……。恥ずかしいし」 「ええ~」  そう言って母は笑った。思春期の息子と一緒にランニングをしようとしないでほしい。 「じゃあ行ってきます」  ランニングシューズを履いて外に出た。まだまだ暑い季節だけど早朝の澄んだ空気とそよ風が気持ちいい。  その時ふと、気が付いた。  母が朝食の用意をしていた。まだまだ早い時間なのに。  僕や妹の通学、父の出勤に合わせるにしては早すぎる。  しかし、すぐに合点がいった。 「――そうか、お母さんも習慣になっているんだ。早起きして朝食の準備をするのが」  僕のために……。  そう思うと、ありがたいような、申し訳ないような気持になる。  準備運動を済ませ、走り出す。  せっかく身に付いた習慣だし、もう少しだけ続けてもいいかもしれない。  母が早起きに付き合ってくれるなら、だけど。
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