それぞれの恋人

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それぞれの恋人

本当に驚いた時、人は言葉を失うし周りの音も消えると知る。 何も聞こえない、今まで聞こえていた微かな音楽も周りの会話の声も、貴子の呼ぶ声も小さく小さく消えていって、数メートルの場所にいる緋色だけが目に映った。 (緋色だ、緋色がいる!やっぱり綺麗だ。緋色は綺麗なんだよ。ズボンばっかり履いてお化粧もろくにしなくて、それでも綺麗でやっぱり好きで…。) 呆れるほど好きなんだと思った瞬間に、緋色の右手が置かれているその腕から横にいる相手の存在が目に入った。 (あれが…緋色の恋人?) 同じ歳か上位、落ち着いた雰囲気の銀縁眼鏡を掛けた、男の俺の目で見ても良い男だった。 知り合いがいたのかその場で立ち止まり、緋色は笑顔で会話していた。 挨拶をして奥へ歩いて行く。 招待のお礼を言いに行くのだろう、その姿を目で追った。 少し視線を下に向けた緋色の表情から、笑顔が消えてふと顔を上げた。 源基の方を見て、お互いに視線が絡んだ。 戻っていた周りの音がまた全て消えた。 心臓の音がやけに大きく聞こえて、緋色の目から目が離せないでいる。 その目が俺の横に動くのを見て、しまったと思う。 緋色はフイッと視線を外して、恋人に顔を向け歩いて行き、招かれた挨拶を始めた。 俺の妻なのに…他人みたいで心が痛かった。
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