それぞれの恋人

2/6

1887人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
******** 家を出て一週間、落ち着いたら離婚届が出されたか確認して、名前を変更しようと、そろそろかなぁなどと事務所で考えていた。 「春木ー?これ行くか?」 「これって何ですか?部長。」 席から白い何かを振りながら言う部長に、返事をして席を立ち、前まで行った。 「ほい!娘さんの婚約披露だそうだ。」 「どなたです?」 それは取引先の会社社長からの招待状で、一会社員の名前をわざわざ書いての招待状に行かないという選択肢はなかった。 「部署名にしてくれたら、代表で部長だけが参加でいいのにぃ。」 と不機嫌な顔を見せると、部長が俺にも来たよと招待状を見せてくれた。 「娘さんの婚約披露にまさか全員とか言いませんよね?」 恐々訊き返すと、まさか、という返事が返って来る。 「うちからは俺とお前と会社担当してた永井の3名だけだ。ご夫妻でどうぞと書いてあるから、外国の招待客も多いのかもしれないな。夫人同伴は向こうでは当たり前らしいから。婚約披露という名の仕事上の娘婿の紹介だろうな。」 面倒そうに部長が呟いていた。 「嫌そうですね?奥様と一緒が嫌ですか?」 今は「夫」のそういう言葉も態度も嫌だなぁと思い聞いた。 「一緒は構わないよ。久し振りに二人で出掛けるのも楽しいし、忙しいからな、普段は。こういう場所は苦手なんだよ。妻もね?ドレスも買わないといけないしお互いに肩が凝る。こういう場所に行く時間があるなら二人で居酒屋でも行って焼き鳥でも食べたかったね。」 「確かに…。普通に暮らしていたらこういう場所には行きませんね。私もドレス用意しないとだし…精神的にやられそうですね。」 苦笑しながら言うと、部長も同意した。 「ま!!挨拶だけして美味いもんをちゃちゃっと食べたら退散だな。スーツでもいいみたいだぞ。あぁ、そう言えばお前の旦那、今井設計事務所の春木だよな?」 「あ〜〜〜〜、はい。」 (もう元、かもしれないけれど…。) と、少し返答に困ったが否定せずに返事をした。 「自分の旦那の仕事先だろ?」 笑いながら部長が話を続ける。 「今井設計事務所が設計した別荘でやるらしくて、旦那も招待されてるみたいだぞ?聞いて一緒に行ったら夫婦同伴でちょうどいいじゃないか。」 と言葉を残して、もう一つの招待状を手に席を立ち、部長は歩いて行った。 「うわ…まじか……。」 ちょっと今、会いたくないなと思ってしまった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1887人が本棚に入れています
本棚に追加