それぞれの恋人

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出入り口ですれ違う人の中に取引先を見つけて、挨拶と少しの会話をし、笑顔で対応を済ませて奥へと足を進めた瞬間、視線を感じてその方向へ目を向けた。 ーードクンーー 目が合うと同時に心臓が音を鳴らす。 雑音が消え、そこに二人しかいない様な錯覚に陥りながら、不思議な事に奴の今の姿に重なって、再会した頃の奴、大学生の彼、高校生の彼、中学の君、小学生の小さな君が…蜃気楼みたいに少しずつずれて重なって見えた。 (も…源基を見るのもこれで最後って…そういう幻覚なのかな?話し掛けたら良かったのかな?小学生の源基に、中学生の源基に高校生の源基に……もう全部、遅いんだけどね。言えなかった私が悪いの。知られたくなかった。された事、平気なふりしている事。嫌われる事が怖かった。それなら浮気位どうでも良かったの。) フッと目線が横にいる人を捉えると泣きそうになり、視線を逸らして前を向いた。 (その人が恋人か。綺麗で華やかな人ね。お似合いだわ。一度だけの浮気なら許せた。帰って来てくれたら、でも……その人は違う。ずっと恋人。そんな綺麗な人と知らない内に比べられて生活するのは辛いわね。幸せそうで良かった。) 春木源基には随分、長い無駄な時間を使わせてしまった、と申し訳ない気持ちになり相手の女性にも悪い事をしたなと、ちゃんと恋人を紹介して安心してもらおうと、緋色は自分の右手の先に視線を上げた。 館林祥一の笑顔が見えて、彼にも終わったらお礼と幸せになって欲しいと伝えて、と左手に握ったクラッチバックに力を入れた。 そこにはお礼と祥一の母宛に手紙を(したた)めて入れていた。 主催者に招待のお礼と祝いの言葉を言い、娘婿と娘、息子を紹介された。 娘さんは21歳、息子さんは19歳と聞き、初めましてと自分の名を名乗り、知人です、と館林の名字だけを名乗らせて、後に続く人が見えたので、ではこれで…とその場を離れた。 「好きに飲んで楽しんで帰って下さいね。」 「ありがとうございます。」 軽く頭を下げてホッと息を吐いた。 「お疲れ様。先ずは一仕事終わりです。何か飲みましょうか?少し食べて…せっかくですし。」 「大丈夫でしたか?俺…初対面ですし。会社関係でもないので。」 心配する祥一に歩きながら説明をする。 「深く関係をお聞きにはならなかったでしょう?出来れば同伴で、いなければ一人でも構わない。ただこういう場で娘に虫が付くのも相手に目移りされるのも困るんですよ。招待客に相手がいたらどういう関係であれ、勝手に動けないですからね。会社の上司と部下で来てる人もいます。外人さんへの対面もあるかと思いますけどね。」 「なるほど…。言われてみれば婚約披露というのも余り聞いたことがないですね。」 「ね?」 と苦笑して答えて、入り口へ近いテーブルへ移動し、窓付近でお皿に乗せた食事をシェアしながら二人で摘み、シャンパンを流し込んだ。
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