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微妙な空気
窓際で外を見ながら、空になったお皿をボーイに渡して新しいシャンパンを手にした。
「ご主人…来てましたね。不自然にならない様に確認するの苦労しました。緋色さん、確認出来ました?」
耳元で祥一に囁かれて、緋色は少し目を丸くした。
何気ない祥一の言葉に緋色が気付いてない事を気付かされてしまい、少し困惑したのだ。
この会場に、別荘に足を踏み入れた瞬間に、その視線で空気で雰囲気で…奴が何処にいるか自然と目は動いて確認していたからだ。
見つけるのに苦労した、そんな事を考えた事もなかった。
広い大学の構内でもたくさんの名前がパソコン画面に並ぶ中でも、春木源基の名前がどれほど小さくても見落とした事も、見つけられなかった事もない。
(どうして私は彼を見ていたの?ずっと昔から彼でなくてもいいはずなのに…。)
子供の頃から好きな相手と結婚出来たら、幸せで完璧で物語ならそこで終わりのはずなのにと、好きだから、一緒にいるからこその地獄もあるんだと今更に思いながら最後の幕を自分の手で引きに行く事にした。
(今更……終わった事。寧ろ今まで家にも帰らない、残業、泊まりの多い仕事人間の妻を、文句も言わずに居てくれた事に感謝しなきゃね。恋人宣言とか?新しい夫婦の形とか?そこらは意味不明だったけど、そんな意味不明な事をしても離婚をしない選択をしてくれた事は嬉しかったな。最後は少し…きつかったけど…ね。)
自傷的にクスッと笑うと、祥一の腕に手を添えて笑顔を向ける。
「行きましょうか。紹介を終えたら帰りましょう。タクシーで目的地に先に降ろして差し上げますから、少しの間、よろしくお願いしますね。」
「緋色さんは…大丈夫ですか?ご主人の隣に…。」
「大丈夫です。分かっている事ですから。向こうも知っている事です。」
口籠る祥一に笑顔で答えてから、ゆっくりと奴のいる方向へ足を踏み出した。
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