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「ひどい人でしょ。そういう男を好きな自分も大概だけど…それで緋色さん、寝たと思う?」
「緋色はそういう事に屈しない。」
「あたり。さすが夫婦ね。はっきりと断られて余計に主人に火が着いた。緋色ちゃん、緋色ちゃんて電話攻撃、妻の前で当たり前みたいに恋人に電話するみたいに!許せないでしょ?私が恋人を作り始めたのはそれからよ。」
驚いた顔を向けて貴子に気を遣いながら訊き返す。
「その時、緋色は?」
ボソボソとした自信のない声に、貴子はクスッと笑い、逆に訊き返した。
「覚えてない?同棲…始めたんでしょ?主人も流石に諦めた。私に男の影が初めて見えた事も理由だと思う。やばいと初めて離婚の二文字が頭に浮かんだんでしょうね。そこまでしないと振り向かないんだ、この人って思った。源基で何人目かな。定期的に別れる事にしてるの。長引いて面倒なのは嫌だから。それに既婚者も相手にしない。源基が初めて。理由は、分かるわよね?」
悪戯な目で腕を首に回して聞かれた。
「俺が緋色の夫だったから…。」
茫然としながら少し嫌そうな表情で源基は答えた。
「当たり。責任転嫁だって事は分かってる。でも私が恋人を作る様になったきっかけは緋色さん。ちょっと意地悪したくなった。源基の事、少しは好きだったしね?旦那がいなければね。」
そう答えて首から手を外し、
「あら、恋人、帰ったわよ?」
と、貴子の視線の先に目を戻せば、館林が慌てて出て行く背中が見えた。
「緋色を一人置いて?」
呟いていると緋色も帰るようで出口へ向かう。
目で追っていると貴子がクスッと笑い、
「社長には奥様と帰ったと報告しておくわ。追いかけたら?私が言うのもおかしいけどここで私たちの関係は終わり。源基、もっと素直に話した方がいいわよ?緋色さん、あなたが記憶してる子供時代とは違うのだから。立派な大人よ?好き過ぎて毎日欲しくて我慢出来ないって、素直に言ったら?主人がそれを言ったら私は毎日倒れても付き合うわ。そんなんで浮気される方が嫌だもの。今までありがとう。ほら!」
背中を強く押されて、つんのめると、手に持っていたグラスを取られた。
「ここで追い掛けないともう戻れないわよ?恋人から拐いなさい!!」
「あ…貴子さんも…ご主人に言った方がいい!自分だけを見て欲しいって!ありがとう!」
考えたら貴子との関係は歪な夫婦の擦れ違いで、言えない言葉を飲み込んで寂しさを埋めていただけだったんだなと、源基は緋色の後を追った。
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