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タクシーに乗せられた事により、ハッと気が付くが逃げ場がなく、タクシーの中なので問い詰める事も怒りをぶつける事も出来ずに、無言で窓の外を眺めていた。
「降りるぞ。」
後ろから声がして、車が停まっている事にハッとして、運転手にお礼を言い、既に料金も支払い済みと気付き、何をぼーっとしてたんだ、と喝を入れつつタクシーを降りた。
目の前に二人で住んでいたマンションがあって少し呆然として、きつい目を奴に向ける。
「話がある。話しやすいだろ。邪魔も入らないし、それに少し擦りむいてる。消毒だけでもしよう。」
手を強引に引き離した際に、枝にでも当たったのだろう。
手首には捕まれた名残りで僅かな痣、その下には確かに擦りむいて赤くなっている皮膚が見えて、洗わせてもらおうと、本当に最後だ、と大人しく後を着いて行った。
「……お邪魔します。」
約二週間振りに二人で暮らした家に足を踏み入れた。
これまでも1か月帰らない事も時にはあったし、たかが二週間の筈なのだが、自分の荷物を運び出して戻らない決意で出たので、感慨深いものはあった。
「自分の家だろ。早く入ってここ座って。」
救急箱を持って来た奴に言われて、ソファに腰を降ろしてから、
「もう違う。」
と呟いた。
「警察行く?」
消毒をしながら言われて、首を振る。
「何で?俺が声を出さなかったら今頃、「分かってる!分かってるけど未遂、それに一人はあの家の息子。うちにバイトに来てた事もあるんですって。私の名前もちゃんと覚えてた。目を付けていたんでしょうね。勿論、何人か。」
「何人かって…だったら余計!」
「うん、分かってる。タクシーの中でうちの部長に事の詳細は書いて送った。部長はまだあそこに居るそうだから、社長にそれとなく話しておくって。うちは別に切っても構わないからって。」
「相変わらずしっかりしてるな。ショックで大人しいのかと思えば、ちゃんと根回ししてたんだ。」
絆創膏を貼られて、ペチンと軽く叩くと、いいぞと言われた。
「可愛い気がないと思っているんでしょ?連れ込まれそうになって泣きもしない、仕事関係を気にして根回し、最低の女よね?」
自傷的に笑うのはもう癖なのかもしれない、とクスッと笑ってこれはありがとうと絆創膏を見て言った。
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