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「ねえ、覚えてる?」
腹の底が冷えていた。いままでのバラ色の生活が、反転してグレーに染まったように感じた。
わたしはざるとボウルの山をそれぞれ掴んで、仁王立ちになっていた。
あの日のレストランでしたわたしの選択は間違っていたのだろうか。
そう、悟志とつきあい始めて半年たった、あの夜。
悟志とつきあい始めて半年が経った頃だった。
いま、わたしたちは、彼が予約を入れてくれたレストランで記念日のディナーの最中だ。
「珠智(みち)のつくるごはんのほうがおいしいんだけど、たまにはね」
と、悟志がプレゼントしてくれたコース料理は、わたし好みのあっさりした魚料理がメインだ。
わたしは白いナプキンを膝に置き、テーブルマナーをミスるまいと、彼のフォークやナイフの近い方を盗み見ながらドキドキの食事をしていた。というのも、かっこいい彼にマナーのなっていない彼女がいるのかと周囲に思われるのが不本意だったのだ。
かれはグラスのワインをぐい、と傾けた。いつも優雅に飲むのに、珍しい、と思ったら、
「珠智。よかった、一緒に住まないか?」
彼の頬が少し赤く染まった。
四苦八苦しながらようやくのことフォークに突き立てたサラダの葉っぱを口に運ぼうとしていたわたしは、大きく口を開けたままフリーズした。
彼は難関大学卒業後、一流金融会社に勤める28歳で、将来を嘱望されているエリートさんだ。
かたや、わたしは短大出身で、中朝企業に勤めて4年目の、しがない事務職員である。
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